2022年4月12日火曜日

私の還暦過去帳(771)

因果報酬
昔からの大学の同期生達の生き様を見ていると、心に
何か空しい感じが致します。
それと言うのも、学生時代からタバコはヘビースモー
カーで、酒も田舎に住んでいたので、農村の習慣で、
何かあると直ぐに酒が出て、飲み会になっていた様で、
同期生も酒には強く、それが長い人生に、タバコと相
様に関係して生きて来たようです。
同期生の集まりなどで本人に注意すれば、『そんな事
が恐ろしいようでは酒タバコは飲めない、お前の気が
小さな忠告など聞きたくは無い・・』と言われていま
した。
この歳になり、校友会報が来ると、まずはお悔やみ欄
から見る習慣になり、時には『あれー!』と驚く友人
が亡くなっています。
それもそなはず、ヘビースモーカーで、酒もかなり行
ける人でしたが、元気に活躍して孫も出来て、これか
ら活躍を期待していた人でしたが、それもお悔やみ欄
に小さく死亡広告が出ていました。
私の父親は、戦前の昔に台湾専売公社の台北工場で、
工場長で技術者で居たので、製造ラインで出来上がり
のタバコを試喫するのもやっていた様で、ヘビース
モーカーでした。
その様な人生を歩いて来た父の生活を子供の頃から見
ていたので、それと戦後の混乱期に父は苦労して、そ
の反動で酒もかなり飲む習慣で、その様な生活習慣の
父親の生き様がどうしても納得できないので、自然に
反発精神が出来て、酒もタバコも嗜む事はありません
でした。
世間一般の付き合い酒は、『乾杯ー!』とかある時は、
ビールなど飲んでいましたが、私が飲む酒の量など、
たかが知れた量で、去年の夏に買った小瓶の6本入り
ビールが、いまだに冷蔵庫に残って居ますので、小瓶
のビールをワイフと分けて飲む様な有様で、お薬の酒
です。
住む国が違えば習慣も違い、アルゼンチンに住んでい
た時期は、ワインがなんと瓶1杯、大きなワイン樽か
ら瓶に入れる秤の小売りでは昔は瓶1本が25円程度
で、昼時にランチにステーキとサラダにワインを飲ん
で、昼寝する習慣で最初は驚いたものでした。
首都ブエノス・アイレスから160kmばかり離れた
町で蔬菜栽培をしていた時期に、肉にミルクやチーズ、
パスタなどの、こってりした食べ物ばかりで、190
0年にイタリア人達が創った町でイタリア系がほとん
どの町でしたが、58年昔には平均寿命が65歳程度
でした。
私の同期生や知人、仕事で知り合った方も見ていると、
酒タバコが好きな方が順序良く先に亡くなっています
ので、なにか残念な感じが致します。

中には死ぬ間際に『もう少し孫の成長を見たかった』
と言い残して亡くなられた方も居ますが、子供がいな
い夫婦でしたが、身体の不自由なワイフを気づかって、
心配しながら亡くなられた方も知っています。

若い時代にその様な経験をして、見聞きしていたので、
自然に身体に染みた本能的な拒否感が私にはあり、今
でもこの歳で健康でいるのかも知れません。
それと農業をしていたので、農薬の恐ろしさを知って
いるので、46年ほど前から、自分の菜園で有機栽培
を少量ながら耕して、食して来たので、それが大きな
プラスとなっていると感じます。