2021年4月28日水曜日

私の還暦過去帳(763)

 さらば友たち・・、

月日が経つのが早い物で、2021年も4月に入り、春が過ぎて初夏の

陽気がまた訪れていますが、庭の草花が正確に咲き、散って行きます。

先日も校友会報が来ていたので、お知らせ欄を見ていると、同級生が

今回も亡くなって居ました。

同期生と幾歳月の年月を経て、校友会報で巡り合うという事も悲しい

知らせになって居る事を考えると、自分の健康で淡々と生きて来た今ま

でを振り返ると、その差が煙草吸い、酒飲みと若い時からの生活習慣の

差だと感じていました。

今までサラリーマンを一度もした経験が無いので、大したストレスも無

く、アメリカに移住して来て、5時には帰宅して家族と夕食を食べ、夏

時間の長い夕暮れの時間には、家庭菜園などの手入れをして、心安らかな

時間を過ごしていたので、園芸の趣味が身体に染み込み、昔の百姓仕事

の経験があるので、何も苦労もなく、平々凡々と37年間もアメリカで

戦前の1世達がアメリカに持って来た日本のミヨウガのプラントを、頂

いて増やして、その苗を全米に無料配布した事は今まで人生の楽しみで

もありました。

人生の黄昏になり「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず。」の

言葉が心に感じて、時々、配ったミヨウガの配布先から、「貴方に頂い

たミヨウガが増えて、友人や知人に苗を配っています。」とメールを頂

くと心の中に嬉しくなるような感じが致します。

昔に自宅で収穫したミヨウガを仕事先に行ったときに、知り合った日本

に分けてあげましたが、その方は朝鮮戦争時にアメリカの兵士と結婚

してアメリカに移住して来た方でしたが、ご主人と離婚して子供達と住

んでいました。

家庭菜園の話から私がミヨウガを栽培して、苗を配っているというと、

是非とも苗を分けて下さいと言う事で、次回に訪ねた時に苗とミヨウガ

を少し上げましたが、ミヨウガの香りを懐かしい様に、嗅いで

「母親が夏にはミヨウガと素麺のタレを作り井戸水で冷やした素麺を食

た。」と話していましたが、「こんなアメリカでもう一度、母が作っ

いたミヨウガを食られるとは・・」感激していました。

その声は何か昔を思い出して震えている様な感じでした。

昔に子供の頃に食べた思い出の食べ物は、生涯忘れない味として心の

く潜んでいると感じていました。

たかがミヨウガ、されどミヨウガの思い出は祖国を思い出す食べ物

だと感じます。