2020年12月31日木曜日

私の還暦過去帳(732)

移住の昔話、(42)

その夜、日本人会宿泊所のベッドに入ってから、買ったばかり

の拳銃を見ていました。ブラジル製のレボルバーで10㎝の

銃身、弾が小さいので弾倉は8発でした。

弾も少し貰っていたので、空いた写真フイルムの筒に入れて

トランクに入れていました。

シーンと静かな部屋で護身用に手に入れた拳銃が何か心の奥に

自信と勇気が湧いてきた感じでしたが、しかし、銃器を手に

する時に、戒めをしてくれた方がいましたので、その方を思

い出していました。

その方は戦争中は実戦の戦いも幾度となく潜り、生き延びて

来られた方でしたので、その戒めは心に刻んで残って居ま

した。

銃器は最後の最後まで見極めて使用して、安易に使うことは

慎むべき。命の危険の時は躊躇せずに発砲して必ず相手を倒す

という目的で使う事、相手が銃器を持って至近距離で一人で

いる時は、弾倉の弾を全弾使い切っても相手を倒すと言う事で

銃器を使う事、不意打ちで撃たれて、相手がどこにいるのか分

からない時は身を安全に隠して、相手にこちらも銃器を持って

居る事を応戦して知らせて、相手の出方を慎重に確かめて行動

して、予備の弾を持っていたら、弾倉に弾を詰め替えて、補充

して、必ず用心して相手の動きを見る事などを、彼の実戦の戦い

で学んだ事を私に教授してくれましたが、その戒めを聞いてい

なかったら、私の銃器を持つ事に大きな違いがあったと感じて

いました。

南米に移住すると言う事が分かっていたので、郷里に帰郷した

時に、隣のご主人は戦時中は中野学校を出て、南方のマレーシ

アで、イギリス諜報機関の摘発の仕事をしていた人で、柔道、

空手、剣道、逮捕術などの段を合わせると、凄い段を持って居

た方でしたが、その方が拳銃の扱い方、隠し方、射撃の方法

など詳しく教えてくれ、空気銃で照準やあらゆる射撃の方法を

教えてくれましたが、実戦での戦いで学び、相手を撃って、生

き延びて来られた方の教えは貴重でした。

その教えは南米生活で幾多にも役に立ち、身を守り、生き延

びる事に大きな助けになっていたと感じていました。 彼は

マレーシアの原住民の様な色黒い小柄で、目立たない人でしたが、

私達が何人でも一度に襲い掛かっても、簡単に投げ飛ばしてしまい、

棒切れ一本でも持つと、絶対に近寄れない凄腕の人でした。

終戦後はマレーシアで英国諜報機関の摘発でスパイの家を取り囲

んだ時に、抵抗され、撃ち合いになり、相手が無線で情報を緊急

送信始めたので、軽機関銃で家を掃射して、スパイのグループを

全員掃討したので、戦後、戦犯でモンテンルパの刑務所で服役して

いた人でした。

夜も更けて自分の拳銃を手に持ち、撃鉄を上げて天井を向けて狙い

、深呼吸をして空撃ちで引き金を引くと、ピーンと乾いた音が響き

これからの人生出発の号砲の様な感じに聞こえていました。

次回に続く、





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