2014年5月8日木曜日

私の還暦過去帳(517)



越南米粉麺加州桑港湾東沿岸地帯美食探求味見録(5)

ベトナム・ヌードル店で、ベトナム人達と越南米粉麺を熱気と共に
彼等小柄な身体で、洗面器ぐらいの大きさの器に盛られた麺を
家族で『ワイワイ・・、ぺチャーペチャ!』とお椀に取って食べている
姿を見てまた、生春巻きを口一杯にかぶり付くのを見ていると・・、
ふと昔を思い出しました。

1980年頃は、高速道路を走っていると、良く他州のナンバーの
車で、屋根の上まで荷物を積み重ね、まるでスタインベックの小説、
『怒りのブドウ』を思い出すような感じの車が、高速を『ヨタ・ヨター!』と
走っていました。ノーベル文学賞に輝いた作家が昔、見た目と、私が
感じた現代の感じは時が大きく違いますが、何か共通する心があり
ます。

『怒りのブドウ』は映画の巻頭の言葉に有る様に・・・、
―アメリカ中部に砂嵐地帯(Dust Bowl)と呼ぶ乾燥地がある。
―この乾燥と貧困が多くの農民の生活を不能にした。これは自然の
―猛威と経済変動に土地を追われ、安住の地と新しい家を求めて
―長い旅に出る農民一家の物語である。

大陸横断80の高速道路から、680に来てSanJoseに行く道でした。
どこか遠くから走って来た様で、車体もドロに汚れて、長旅を感じさせ
る風情でした。中に乗っている東洋人達はどの顔も疲れと憔悴で、

ぐったりとした表情で、『ギュ―!ギュ―!』と積め込まれた人間が、
肩幅を付き合わせる様にして、片手を窓から出して、空間を作って
いる感じで、平行して走っていて、私の小型トラックを見て同じ人種

の東洋人と感じたのか、いきなり『サンノゼ―!サンノゼ????』
と怒鳴る様に尋ねていました。
私はそのアクセントから『ベトナム人』と感じましたが、私が英語で、
『あと1時間だよー!』と声を掛けると、全員が私を見詰めていたので、

指で『1』のサインをして、ももう一度『あと1時間だよー!』と怒鳴る
様に言うと、見詰めていたやつれて疲れた顔に生気が戻り、笑顔が
こぼれ、子供がバイバイー!と手を振り、『V』のサインを指で示して
サンノゼ方面に消えて行きました。
そして、そのような車を何台も見ました。

あれから20年近く、彼等もカリフォルニアに落ちついて、小さかった
子供達は成人して、今、隣りのテーブルで麺を食べている家族と
なっているかもしれないと感じました。

0 件のコメント:

コメントを投稿

登録 コメントの投稿 [Atom]

<< ホーム