2014年4月16日水曜日

私の還暦過去帳(508)

第4話、南米移民過去帳物語、(13)

南米の「フーテンの寅」さん、

彼と出会ったのは、かれこれ50年近く前です。
彼とアルゼンチンのサルタ州、エンバルカションの町で出会った事が最初
でした。彼は自由奔放に生きて、若い時からオートバイの暴走族、フーテ
ン家業などをしていた様でしたが、南米に来るので、横須賀造船所で溶
接工をして資金を貯めたと聞きました。

彼はその溶接の腕で、かなり良い仕事も簡単に見つかり、またその腕で
稼いで南米各地を歩いていた様でした。
横須賀造船所で溶接工をしていた時代に、溶接部分のレントゲン検査室
に検査中とは知らず入り、かなりの危険な容量を浴びて、それで甲状腺の
異常がありました。
その異常は南米に来て、サルタ州で農業の手伝いをしていた時代に、
一度発病して、手術を受けていました。

サルタ州に来たのはボリビアからアルゼンチン北部に入り、トラックに乗り
継いで、幾度か無銭乗車を頼んで、たまたまトラックがエンバルカションの
町まで来て、そこに日本人が僅かながら住んでいた事で、国道沿いにあ
る子供が居ない夫婦者の農場に訪ねて来たのが始まりでした。
首都ブエノスの専門病院でリンパ腺の切除手術を受けて、生活費と医療
費を稼ぐ為に、洗濯機械の修理専門の日系の会社に働いていた事もあ
る様でした。
サルタ州では、エンバルカションの郊外で農場を開いていた夫婦に子供が
居なかったので、そこの夫婦に可愛がられて、そこの家に世話になって住
んでいた時代もありました。

私が知り合った時はその時代で、その夫婦が農場の地力が落ちて、生産
物が少なくなると、もっと条件が良い私が働いていた農場の直ぐ側に引っ
越して行ったので、彼はその古い農場に留守番代わりに住んでいました。

彼が栽培できる範囲の植え付けをして、その収穫物は懇意にしている夫
婦に買い取って貰っているようでした。彼一人しか居ない農場は、若い現
地人の友人や、ガールフレンドも来て泊まって居るようでした。いつ行って
も賑やかな感じで、私も町に出たら、必ず寄って話し込んだり、食事したり、
週末は泊まりがてらに行き、酒などを皆で飲んでいました。

彼のガールフレンドはインジオの血を引く現地人でしたが、明るくて気さく
な感じの女性で少しグラマーな感じの身体をしていました。
週末など遊びに行くと、アサードの焼肉などして、ワインなど飲みながら、
ラジオの音楽に合わせてダンスなどもして騒いでいました。必ず2~3名
の女友達を引き連れて来ているので、若い者同士で気軽に肩の荷を降
ろして騒げる場所でした。

私も農場に帰れば支配人家業で、気軽に飲んで騒ぐ事も出来なく、まし
て農場で働く女性と飲んだりダンスも立場上出来ないので、本当に気を
抜いて日本語を話して遊べる友達でした。
ある日、私が町に待機する長距離トラックにトマトを運んで来て、ランチ
を一緒に食べ様と訪ねると、何か様子がおかしく、彼のシャツに血痕が
飛び散り、泥で隠した両手は鮮血の血糊が付いているようでした。
私は一瞬ドキリとして、彼が人殺しでもしたのかと疑いました。

隠す様にして小屋の陰に立て掛けてあるマチーテという山刀も、握りも
べっとりと鮮血がまだ付着していました。鋭い刃がある木の伐採用斧も
同じ様に鮮血に汚れていました。彼はやつれた様に目も少し落ち窪ん
で、かなり疲れているようでした。

私が『喧嘩でもして相手を殺したのか?』と聞くと、『いや・・そんな事で
はない』と否定しましたが、私が町からお土産に持って来た美味しい
生ハムのサンドイッチとエンパナーダを見せて食べるかと誘うと、『昨夜
から何も食べていない・・』と言うと私が手渡したランチを木陰に座り込
むと、ガツガツと食べていました。

マスコカットの白ワインを開けてコップに注いでそれを飲みながら食べ
ていましたが、食べ終わって気が落ち着いたのか、ぽつぽつと話し始
めてくれました。

何んと・・、夜間彼が育てていた野菜畑に隣の農場のラバが入り込ん
で、石を投げても逃げないので、彼が持っていた22口径小型拳銃で
ラバの頭の上に威嚇射撃をしていたら、耳に掠った弾に驚いてラバが
飛び上がった瞬間、耳の中に命中して即死の状態でラバが死んだと
言う事です。
畑の真ん中です、夜が明ければ目立つ事は間違いなく、まして隣りの
ラバですから、これは困った事になり、ラバの死体を動かす事も、引
きずる事も出来ないので、それにトラクターも無く、困り果てて夜中に
ラバの死体を斧と山刀で解体して、バラバラにして、自分で引きずり
運べる大きさに切ると、柔らかい土の畑の中に真夜中に大きな穴を
掘り、夜が明けるまでにラバの死体を切り、分解して穴まで引きずり
投げ込んだと話していました。

その死体を投げ込んだ穴は完全に土も被せてあり、巧みに隠してあ
りました。それにしても驚いた話でした。彼はランチの食事が終わる
と安心したのか、それと私がいるので、ホッとして汚れた身体を洗い
たいと、井戸端の横にあるシャワーが浴びれる所に行き水浴びして
いました。
終るとシャツなど全部着替えて、日陰のテラスに座ると、彼が『人生
でこれほど泡くって一晩寝ないで仕事をした事は初めてだ・・・』と話
していました。

彼はお腹も満腹して、飲んだ白ワインが空きっ腹に効いたのか、う
とうと始めていました。
彼は昼寝をする前に、『お前の目でもう一度現場を見て、どこかラバ
を解体した跡があすか探して暮れ・・』と言うと寝てしまいました。

私は畑に出ると丹念に見ましたが、ラバの足跡が残っている所と、
血痕が飛び散っていた所を木の枝で消してしまいました。
シーンと人影も無い農場の境界線当りに陽炎がゆれていました。

数日して近所が、『ラバが一頭居なくなった、』と聞きに来たと彼が
話していましたが、その話はそれ切りで終ってしまったと聞きました。

次回に続く、

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