2014年4月10日木曜日

私の還暦過去帳(506)



第4話、南米移民過去帳物語、(11)

葉隠れ移民の物語、

本田氏が測量事務所を開いていたので、それと過去にアルゼンチン政
府の測量事務所に仕事をしてその経験から土地の境界線の紛争や、
登記所に記載されている境界線の確認作業などを専門に仕事をしてい
た様で、その時もサルタ州都で開かれていた裁判の証人として出廷して、
サルタに滞在していたようでした。

彼は移動式の短波無線を所持していたので、辺鄙な田舎の自宅とも簡
単に連絡が出来る様にしてありました。よく自宅を不在にするので彼が
考え出した通信手段だったと思います。

彼の四輪駆動のジープ屋根付きの中に設置されていたようですが、自
宅の横にはかなり高い支柱の上に風車式の水揚げポンプが設置され、
そこにアンテナが張ってありました。

翌日、早朝に起きて魚釣りに行きましたが、ナマズ種類のスルビやドラド
という魚が5匹ほど獲れ大型の魚でかなり力が要る釣りで、日が登り夜
が明ける頃にはお腹も空いてゴウメの家に戻りました。
特に一匹の大型スルビ魚は15kg近くもあり、かなりの時間を掛けて釣
り上げていました。

その日のランチはドラドという魚をオーブンでトマトソースを使い、丸焼き
にしたものが出ていました。食後は朝早かったので少し昼寝をしてから、
涼しくなりゴウメの妹の案内で馬で本田氏の屋敷に持って来たお土産を
届けに馬で行きました。
本田氏のワイフとゴウメの妹は友達で仲がよく、丁度よい案内人となり
ました。

馬の早足で30分程度行くと、河の近くの見晴らしの良い高台の上に本
田氏の屋敷があるのが見えて来ました。アドベの大型日干しレンガを積
み上げて、まるで近くでは要塞か城に感じます。

家の外周りにはユーカリの大木が茂り、手入れされた敷地は車庫から
母屋までトゲのあるカラタチの潅木塀で広く囲まれ、母屋の周りは壁と
同じ色に塗られた塀が続き、どっしりとした構えになっていました。

遠くで家畜の鳴き声が聞こえ、母屋の前には、大きな門柱の横に馬を繋
ぐ青銅の飾りがある支柱も置いてあり、まるでどこか昔のスペイン人侵
略者が荘園として建設した屋敷の印象を受けました。
見ただけで、かなりの時間を費やして建設された屋敷だという事が分か
りました。
この農場を開いて建設した家族は、昔の初期アルゼンチン鉄道建設で英
国から来た技師で、北部の主要鉄道を設計施行した技術屋と言う話で
した。建設仕事が終了して、当時格安で購入できた土地を買い、住み着
いて広大な牧場と綿畑を開いた様でした。

首都のブエノスにも自宅があり、そこのオーナー夫妻は歳を取ってから
は、サルタ州の農場で過ごしていた様でした。

私が感じた事は、遠くから見たらまったく周りの木々の隠れて、どこにこ
んな屋敷があるか、皆目知る事は出来ないと思いましたが、誰かに案内
してもらうか、連れて来てもらうことが出来なければ探す事は難しいと感
じていました。

鉄道の支線が動いているので、駅からは馬でも馬車でも車でも簡単に
屋敷まで来れるのですが、鉄道が廃線などになれば、この地方は冬の
雨季は車の通行が困難で、雨が降れば交通途絶する事が多いので陸
の孤島となり、もともと辺地で過疎の場所ですから、幾ら家が豪華でも、
オーナーの子供達が住む事も、生活も嫌った事が分かりました。

まだまだ道路工事は北に登ったボリビア国境近くの石油採掘現場が優
先され、エンバルカションからの周辺道路などはまったく手付かずの様
子でした。
それにしてもこの屋敷を建設した英国人の考えた夢を思うと、大したも
のだと感じていました。
そして、この屋敷に惚れて購入して、住み着いた本田氏も大したもの
だと言う感じが致しましたが、それは本田氏の若いワイフを見たとたん
に、なるほどと心に感じました。

可愛いい、すらりとした美人で、スペイン人の血を引く黒髪の混血の現
地人でした。

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