2013年12月29日日曜日

私の還暦過去帳(464)

『兎追ひし彼の山、小鮒釣りし彼の川・・・』


今日は午前中は出かけていました。
今日の日中は今年初めての夏日でした。帰宅してランチを作り食べて
いましたが、ぼんやりと音楽でも聞きながら誰も居ない静かな我が家
でふと・・、昔の事が思い出され、脳裏に浮かぶ50年近く前の情景を
蘇らしていました。

私がパラグワイから出て来て、アルゼンチンもブエノス郊外、160km
辺りのチビリコイの町で 蔬菜栽培を始めた頃でした。そこは地球の裏
側まで来たと感じるのは、パンパの大草原を遠くから夜間に遠望する
と、まるで町の上が雪洞の様にぽっかりと笠を被った様に明るく見え
ていました。
その当時はパンパの大草原には植林された木々も少なく、本当に地
平線に消える大草原が広がっていました。チビリコイの町は田舎と言
っても牧畜と小麦やトウモロコシの栽培だけで、野菜作りはポルトガ
ル人が僅かに栽培しているだけでした。

それと日系人は街中に戦前から営業している洗濯屋の沖縄県人の
人が一家族住んで いるだけでした。蔬菜類は殆どがブエノス中央市
場からトラックでもって来ていま した。
それで値段的にも、鮮度もブエノスの町で買うより高く、鮮度も悪い物
でした。

パラグワイで知り合った知人とチビリコイで現地のイタリア系に土地
を借りて始めた 野菜作りでしたが、鮮度抜群、価格も安く、良質な野
菜は直ぐに良く売れ、近郊の町からも買いにトラックが来るまでにな
りました。
そのチビリコイの町に入植したパラグワイからの転移住者の家族の
中には高齢の両親も連れて来た人も居ましたので、おばあちゃんが
よく子守で孫の世話をして居ましたが、孫を日本から持って来た背負
いで、孫をおんぶして近所を歩いているのが見られました。

今日の様に晴れた日でしたが、風もパンパからの心地良い風で孫は
背中で寝ているようで、散歩からの帰り道の様でしたが、おばあちゃ
んが唄う声が微かに聞こえていました。

私はトマトの畝の間で、手入れで芽かきをしていていましたので私に
は気が付かない様で 歌声だけが聞こえていましたが、時々風に乗っ
て聞こえる唄は、『いかにいます 父母、つつがなきや友達・・』とか言
う途切れ、途切れの歌声で、故郷を思う心が伝わる、日本の田舎を
思い出す唄でした。

私も仕事の手を休めて、聞き入っていましたが、私も小声で口ずさん
でいました。 『小鮒釣りしかの川、夢はいまも巡りて、忘れがたき故
郷・・』と唄い終わると 涙が滲んでいました。

アメリカに来て、すでに38年も経ち、すでに故郷の家も無くなり、帰
る父母の家も無く、カリフォルニアの我が家が故郷と感じる様になり、
思い出す唄も感慨深いものです。

若い頃に忙しさに紛れて故郷の事など考えて見なかった心に何気
なある日、ふと思い出したように心に感じる故郷の郷愁は切なく、叫
びたい様な感情になりますが、加齢の流れに心静かに自分を思い
直して、見詰める余裕も出来たからだと感じます。

50年近くも前ですが、ブラジルのサントス港に移住地から逃げてき
た女性が、日本までの帰りの船賃を稼ぐ為に飲み屋で働いていた
女性が唄っていた、五木の子守唄の民謡に心が、きゅー!とする様
な切実な郷愁を感じた事があります。

すでにその当時の方々は歴史の彼方に消えて行かれたと思います
が、祖国の故郷を思う心は、いつの世も変わらないと感じます。  

『故郷』

高野辰之作詞・岡野貞一作曲/1914年文部省唱歌(六年)

歌詞

1.兎追ひし彼の山
小鮒釣りし彼の川
夢は今も巡りて
忘れ難き故郷

2.如何にいます父母
恙無しや友がき
雨に風につけても
思ひ出づる故郷

3.志を果たして
いつの日にか歸らん
山は靑き故郷
水は淸き故郷

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