2013年12月12日木曜日

私の還暦過去帳(455)

曇りのち晴れ・・、

人生も天気にたとえると若い時は苦労と、時には苦難と戦わなければな
らない時代は、曇りと感じて、それを耐えて、忍んで人生が開け、希望が
行く手に見えた時が晴れ間が出たと感じます。
この歳になりやっと長い人生を噛締めて、味が出て来た思いです。

私の様な年齢になると、これまでの人生を振り返って考える事があります。

がむしゃらに走り抜けた若い頃の、充実した心の生き方の日々、結婚して
子供も生まれてフト立ち止まって、これで良いのかと思い巡らした時期。

子供も成長して、それまでの生活基盤の大きさと硬さが、今までの積み重
ねだったことを感じた時の内心の自負と微かな驚き・・、どれも生きると言
う行程の中から生み出したと思います。

近頃では娘の孫を生まれた誕生から、三歳の誕生日までの育ち具合を思
うと、それが何か私の人生時計と感じる時もあります。

孫達とメキシコにバケーションで行き、海の見えるテラスで孫を膝に抱いて
のんびりと海を眺ていた時に、孫の命の鼓動が私の胸に、トコトコと響いて
来た新鮮な驚きと、その喜び。

孫が指差す海が、輝く夕日に染まってキラキラと輝くように、うねっている
波間のきらめきの鮮やかさに孫と一身同体となって感動した時間。

その様な思い出と、先日遊びに来た孫の育つのが早い事を実感して、人生
時計の歯車の動きがコトコトと動いている実感がより致します。

先日も遊びに来て良く話す様になり、こちらが日本語で話しかけても、返事
は英語でチヤンと返してくれ、日本語で『そこの玩具は何処に置いたの?』
と聞くと、2階のベッドに置いている

のをわざわざ見せてくれました。これも孫とのふれ合いと、ジジと呼んで懐
いてくれ、誕生祝にプレゼントした自転車で、『ジジ・・、自転車に乗るから、』
と誘って表の道路を私を従えて、スイスイと走る姿を見ていると、長男が始
めて自転車に乗って走った時をダブって思い出していました。

時変われど、時代が代われど、その世代の流行が変われど、流れていく時
の繁華は人生を前向きな方向に向け、努力と忍耐とを持って夢にぶつかっ
て行く勇気が、今を得た事だと感じる事に、ささやかな幸せを心に感じます。

引退して、そろそろ5年となりますが、今の心の豊かさが大きな、かけがい
の無い時間と感じる時があります。若い頃無茶をして、仕事に飛び回り、打
ち込んで、ひた走りに夢を追い求めたのが形を変えて、自分の身に帰って
来たと感じて、あの時、夢中でやりたい事を実行した事が今になって豊かな
人生を得たと感じ、それを支えてくれたワイフの努力と愛情にも感謝の心が
湧いて来ます。

私の20代始めの頃に蚕棚ベットの移民船に乗り、未知の世界のパラグワ
イに移住した。自分の夢掴む為に、アルゼンチンのボリビア国境に行き、そ
こで太古からの原始林伐採の斧の音を聞き、切り倒した木々を火を放ち、
山焼きをして農地に替えて、作物を植え、永年作物の果樹類を植え、

家畜を飼い、生きると言う実践の道を体感して、それを会得した自分を試す
為に、また人生の旅に出て、アメリカのカリフォルニア州にたどり着き、今で
はそこを永の住処と定め、骨を埋める墓をまず作り、心もこの地に定め、
人生の今の生き方の幸せを楽しんでいると今では感じます。

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