2013年7月31日水曜日

私の還暦過去帳(401)

 霧の思い出話し・・、

カリフォルニア州のサンフランシスコ周辺では、1月のこの時期に良く霧が
出て、一日中、どんよりと肌寒く、しっとりと濡れる霧が出ている事があり
ます。
何となく冬と言う実感を味わうことになりますが、サンフランシスコ市内で
はこれが毎日の様に続くのですから、慣れないと少しばかり嫌な気分に
なりますが、これも少しばかり美化して、歌にまで成っています。

シナトラが唄った『霧のサンフランシスコ』などは中々情緒があるもので
すが、実際にゴールデンゲート・ブリッジの橋げたの先が、霧の中にぽ
つんと突き出て居る姿などは、中々見事なものです。

私が住んでいる地域はサンフランシスコから離れて、少し郊外となりま
すが、今時期はサクラメント河周辺から湧いてくる濃い霧で覆われる事
が有ります。しかし、車で3分も走ると晴れて居る場所もあります。

少し盆地ですから霧が出た時は、坂を走り降りると霧の中に飛び込むよ
うに先が見えなくなります。
私も車を運転して霧の中を走る事は何度も致しましたが、特に印象に残
るのは南米のアルゼンチン北部に上って、サルタ州まで行くと内陸性気
候の寒暖の差が酷いので、時々夜霧が地面を這うように漂っている事
があります。

幻想的な神秘性を秘めて、地面をまるでドライアイスの白い白煙の様に、
流れて漂っている姿をいまだに思い出します。

一日の寒暖の差が酷いので、地面の暖かい地表に冷気が冷やされて
霧になると思いますが、半砂漠地帯の荒涼と塩を吹いた大地を、真綿
の柔らかい純白の色がゆっくりと流れて行く様は、幻想的な光景です。

特に日が暮れて、街灯も無い昔の田舎の国道です、単調なエンジンの
音以外は何も無い道中で二つのヘッドライトの明るさだけを頼りに走る
トラックの中で、遠くに霧の中に微かに霧の流れを抜けて光るヘッドラ
イトを見つけると、暗黒の闇からホッとする安らぎと、輝きの気持ちが見
えたと感じます。

真夜中の2時過ぎ、すれ違う車も45年以上も昔の南米奥地の田舎道
です、30分に一台あるかどうかの交通量で、轟音と共にすれ違うトラッ
クのヘッドライトの輝きが、霧の中から蛍の輝きの様に瞬いて見えて来
て、アッと言う間にすれ違う車の窓に、手を振る姿を見て、神経がホッと
和らぐ感じでした。

人それぞれに思い出として霧にまつわる物語があると思いますが、人
様の話しとして聞いた事ですが、パラグワイのエンカナシオンからアス
ンションに行く小型バスで乗り合わせた中年過ぎの男性が、早朝の出発
で朝霧が残る途中の休憩

所の裏の広々とした草原に流れる霧を見ながら、『満州で現地召集を
受け、出征する朝に妻と子供に見送られて、集合場所に霧の中を歩い
て行く時に、見えなくなるまで手を振って別れを惜しんでくれた妻子の
姿を思い出す』とポツリと話してくれた事を思い出します。

かなり離れて振り返ると、一瞬の間、霧の流れが切れて妻子の姿が見
え、その時の、立ちすくむ姿が心に焼き付いて離れないと話していまし
たが、切ない別れの一瞬であったと感じます。

戦場に出征する夫を見送る妻子の別れが、二度と再び会えない別れ
となる事もある見送りです。満蒙開拓団員であった経歴の人でしたが、
私はその時別れた妻子と再会出来たか、とてもその方に聞く事は出来
せんでした。

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