2013年3月25日月曜日

第3話、伝説の黄金物語、(65)


襲撃の後始末・・、

武道館の師範の葬儀はしめやかに行われた。
遺骨を道場の正面に安置し、簡素な花飾りで皆が焼香していた。

助手の師範代が式次第を取り仕切り、遺骨は大使館を通じて日本に送り返
された。交通事故と言う事で直ぐに話題にも上がらなくなったが、富蔵には
寂しさと、悔恨の念が心にあった。
師範が住んでいたアパートの家財道具も全てかたずけられ、その手伝いに
富蔵もトラックを使って参加していたが、その時に僅かな荷物を取りに来て
いた若い女性が居るのに気が付いていた。

かたずけの陣頭指揮をしていた師範代の若者が、陰で富蔵に耳打ちして、
『師範の彼女だった・・』と教えてくれた。

独身の師範は週に4回、家政婦の女性に炊事と洗濯を頼んでいた様だった
が、一回り若い混血の女性の様であった。
富蔵は彼女が僅かな荷物を手に階段を下りて行くのを見て、そろりと階段の
手すりを持って降りて行く動作で、もしかして『妊娠・・』と頭をよぎった。

今日の手伝いにはペドロがトラックのハンドルを握って手伝っていたが、富蔵
はペドロを呼んで後を付けさせた。『彼女の居所を確認しておいてくれ・・』
と命令していた。
ペドロは富蔵のただならぬ雰囲気を感じて、上着を掴むと彼女の後を付けて
早足で消えて行った。
昼過ぎにペドロがふらりと富蔵の自宅に戻って来た。

遅いランチをペドロはガツガツと食べ終わると話し始めた。『彼女は現在妊
娠して、彼女の住む近くの雑貨店の女主人が言うには、確か5ヶ月に入っ
たばかりだと言う事であった。』
働き先の主人が事故で急死したので、仕事も無くして呆然としていると言う事
であった。
富蔵はその話を聞いた瞬間、彼女のお腹に居る子供が師範との間に出来た
子供と感じた。以前、師範が富蔵と酒を酌み交わして酔った時に、
『俺もそろそろ身を固めてブラジルに居付くかー!』と漏らした事を思い出
していた。

富蔵はペドロの話を聞いてから、頭に浮かんだ考えがあった。ペドロがア
パートを借りてサンパウロに居る時はそこから仕事に通っていたからで、富蔵
は『お前の部屋は汚くて洗濯もろくにしていないので臭い匂いがする』と言
って、『事情があるからあの彼女を雇え・・!』と命令していた。

財布からかなりの金を握らすと、『これで当分は賄って彼女の手当てを払っ
てくれ』と言った。
ペドロは勘がいいので、直ぐに二つ返事で、『分った・・了解ー!』と言う
と、胸を叩いて飛び出して行った。

夕刻になり何も音沙汰がなく、そろそろ寝る時間になってペドロから電話が
掛かって来た。『彼女はすでにサンパウロを出て、田舎に帰郷したみたい
で何処を探しても居なかったが、リオ・ベールデの直ぐ近くの町に行く汽車に
乗っている様だ・・』と連絡して来た。
彼女は郷里に帰る夜行列車に乗車したようだった。

明日一番のリオ・ベールデ行きの飛行機に同乗して探しに行くからと、了解
を求めて来たので富蔵は即座に探す様に頼んでいた。飛行機であったら先
に到着して降りてくる彼女を見つける事が出来ると感じていた。

リオ・ベールデ近郊は欧州での戦火拡大で金の価格の暴騰があり、金鉱探
しと、すでに採掘され尽した金鉱も砂金掘り達が採掘しているほどであった。
それでも金価格暴騰で採算が合う様になっていたので、おかげで富蔵達の
ビジネスは堅調に営業していた。

その翌朝早い飛行機に同乗してペドロがリオ・ベールデに戻って行ったが、
それから2日間も何も連絡は無かった。
3日目の朝早くペドロから電話が来た。彼女を探し出してリオ・ベールデの
事務所まで連れて来たので、富蔵がリオ・ベールデに行った時に時々泊まる、
昔購入していた家の掃除手伝いに雇って良いかと聞いて来た。

富蔵は承諾の許可を与え、そこの事務所に居る時は面倒を見る様に頼ん
でいた。リカがサンパウロにビジネスの用事で来た時に、ペドロも一緒に
鞄持ちでサンパウロに戻って来た。
ダイアモンド商会の幹部とビジネスの話が皆で終り、夕食後に、コーヒーと
コニャックを手に、雑談の時間にリカがペドロの事をこっそりと耳打ちしてく
れた。

ペドロと若い妊娠中の彼女とが深い仲になり、お互いが男女の他人では分
らない状態で親密な関係で繋がってしまった様だと教えてくれた。

富蔵はそれを聞いて、男女間の事は口を挟むことは無いと考えて、リカとも
話して富蔵の昔の家は自由に使用して構わず、古い事務所のフオード中古
車も自由に私用に使う事を許していた。
それを聞いたペドロが直ぐに涙声で富蔵に感謝の言葉を言いに来ていた。

『貴方はドンと言われる人だ・・、私は神様から彼女を与えられ、貴方から
は家と車を与えられ、生きる喜びまで出来た・・』と言って感謝していた。

富蔵はそれ以上は口を出さなかった、人が幸せと感じる事に他人がとやか
く言う事もなく、それが上手く収まって、一組の幸せなカップルとなり、家庭
と言うものを築いて居る事は、彼女のお腹の子供が誰の子であれ、関係
無い事であった。

ペドロはリオ・ベールデに居る時は、リカの事務手伝い、鞄持ち、運転手、
出かける時は護衛として飛び回っていた。

リオ・ベールデ近郊も富蔵達の勢力が増して手堅いビジネスと信用が出来
て、戦時下の様子を示すブラジル情勢も不安なく過ごす事が出来ていた。

その様な事の裏腹にフランスがドイツに降伏して、ユダヤ人達が南米を目
指して逃避しようと懸命であった。
ダイアモンド商会の社長から、スミス商会とも手を組んで、関連する取引
会社の家族や、重要人物をブラジルやアルゼンチンに逃がす実行計画を
知らされ、協力をよび掛けられた。

サムの事務所を通じて、その後、直ぐにサントス港に到着する船で4名
のユダヤ人家族と一人の重要人物を受け入れる協力を頼んで来た。

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