2013年1月19日土曜日

第3話、伝説の黄金物語、(45)


 妻子との別れ、

富蔵は飛び立った飛行機の中で祈っていた。
事故はすでに起きて、妻子がサンパウロ中央病院に入院して危篤状態と言う
事だけが知らされていたが、今は祈る他はなかった。

モレーノも始終無言で操縦していた。少し崩れかけた天気で雲が多くなってき
たが、構わず飛行を続けて行った。夕方まだ薄明かりの中にサムの飛行学
校の滑走路に無事に着陸した。
サムが飛行機に走り寄り、肩を抱いて車に案内してくれた。飛行服をモレー
ノは脱ぎ捨てると皮のジャンパーに着替えて富蔵と並んで後部座席に座った。

サムが車を発進して街道に出て疾走始めた。
富蔵がサムに妻子の様態を聞いた。サムはしばらく無言のあと、一言、
『様態はかなり悪い、後は神様が判断を決める様だ・・』とつぶやいた。

サンパウロ中央病院には程なく到着した。玄関口には上原氏夫妻と長男の
正雄とマリアも待っていた。長女の美恵ちゃんが富蔵の手を取り、病室に案内
してくれた。
そこには昏睡した妻が横たわり、側のベッドで長男が同じく包帯に巻かれて横
たわっていた。
看護婦の知らせで駆け付けた医者が富蔵を窓際に呼び、微かに首を横に振
りそう長くないとつぶやいた。それを聞くと富蔵は医者に自分の子供をこの手で
抱いて良いか聞いた。
医者は子供に掛けられていた毛布を取り除くと、抱きかかえた長男を富蔵に渡
した。医者は皆に合図して部屋の外に出る様にさせた。
ドアが閉められ、絵美のベッドの側で富蔵は目をつぶった我が子を抱いて呆然
としていた。
しばらく時が経つ事を忘れて涙していたが、微かなささやきで、妻の絵美を見
ると目で話しかける様に涙を浮かべた眼で富蔵を見ているのを見つけると側に
長男を寝かせて、その上に覆いかぶさる様にして妻子を抱いていた。

しばらく抱きしめて抱擁していたが、絵美の手が長男を抱くようにさせ、別れの
ひと時を夫婦で重なるように抱きしめていた。

どのくらい時間が過ぎたかは知らなかったが、長男が絵美の腕の中で微かな
深呼吸を深くすると顔を絵美の胸に埋めた。
しばらく時の経つのを忘れて居たが、だんだんと冷たくなる長男の身体を感じ
て医者を呼んだ。
医者が来ると、型どうりに聴診器を子供に当てると、胸の前で十字を切り
『神に召されたー!』と、ひとこと言うと横のベッドに横たえた。

富蔵はしばらくここで長男とお別れしたいと申し出て、了承されまたドアが閉め
られた。
絵美が眼で話す様に富蔵を誘って、微かな声で富蔵の耳元に言葉をささやい
ていた。
それは、『許して・・、ごめんなさい、』とつぶやいている様であった。
絵美の口元に顔を寄せて声を聞き漏らさないように神経を尖らせていた。

『貴方が戻るまで神に祈ってこの命を持ち堪えたが、もう貴方に会えてその気
力も力尽きて来た、最後に貴方に話しておきたい事が有る』と言うと家族を呼
ぶように富蔵に頼んだ。

部屋に上原家の家族が並ぶと、その前で絵美が小さな声で『貴方の大切な
息子を死なせて許して下さい、しかし、幼い次男は家において居て、雪子に
世話を頼んでいたので元気で事故にもあう事もなく無事です、私は後僅かしか
ない命です、雪子は妹のように一緒に生活して、次男も可愛がって育ててくれ
ていたので、貴方に雪子を私の代わりに許されるのであれば妻として愛してや
ってく下さい』と懇願していた。

それまで話すとゼイゼイと息を切らして酸素マスクをして呼吸を整えて居たが、
気力が切れたのか、富蔵の手を握り締めて頬に涙を流していた。
上原家の家族は静まり返り、咳ひとつする者は居なかった。

絵美の口元に耳を近ずけていた富蔵に『雪子は事務所では真面目に働き、
気立ても良くて、日本人の心を持ち、次男を我が子の様に世話してくれていま
す、お願い・・』とそこまで言うとゆっくりと眼をつぶって眠る様に穏やかな顔に
なった。

富蔵の手に電流の様なショックが走った。絵美が握り締めた手から発した霊気
の様な力と富蔵は感じた。
人前もはばかること無く怒泣していた、絵美を抱きしめてただ泣いていた。

それが済むと、長男を抱きかかえ絵美の横に寝かせて、その二人を抱くと
自分の身体で暖める様にして、ただ咽び泣いていた。

部屋には富蔵一人を残して誰もが席を外していた。

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