2013年1月15日火曜日

第3話、伝説の黄金物語、(44)


  運命の歯車、

富蔵はリカの、涙を流して懇願する顔を見ていた。
言いようの無い感動さえ感じていた。

女性からひざまずいてまで、頼み事をされた覚えは無かったからであった。
まして、リカには男達がひざまずいて、擦り寄るほどの美貌と才覚を持ち、
誰が見てもその姿態は均整のとれた素晴らしい身体であった。

そんな彼女が富蔵にひざまずいて懇願する姿態を見て、心の中で決心し
ていた。

それは、富蔵が昔、神戸から貨物船でアメリカ航路の船員で出港する時
に、父親が見送りに来てくれ、『お前はこれから男として、世の中に出港
するのと同じだから色々な事があるだろうが、運命でめぐり合い、また出合
って気に入った女がいたら、それが観音様かもしれないので、逃さず抱い
て据え膳は喰わねばならぬ・・、』と富蔵に諭していた言葉を思い出してい
た。
富蔵はリカの手を取り立たせると、力強く腰を抱きしめて、舌が抜ける様
なキスをしていた。
それが済むと、軽々しく彼女の身体をベッドに運ぶと、後は男の本能を爆
発させていた。その夜、何度か男と女の本能そのままの姿で絡み合い、
最後は気絶したように寝ていた。

何時か知らないが、表のドアを激しく叩く音がしていた。
富蔵は飛び起きて『誰かー!』と聞いた。事務員の慌てた声が響いてい
た。『サンパウロの事務所と家族から至急電報が2通来ている・・』と話し
ていた。

身支度を済ませると、リカに直ぐに戻ってくると言い残すと事務所に走った。
至急電報がデスクの上に載せられていた。開けると先ず目に飛び込んで
来た文字があった。
それはサンパウロのサムの飛行場にある統括オフイスからで、『家族に
交通事故発生、至急帰宅されたし』と言う一行の電文であった。

他の電報は妻の姉、美恵からで、『絵美と子供が交通事故で重症、直ぐ
に帰宅されたし・・』と、こちらも同じ様な電文であった。

読み終わると同時に事務員がコーヒーを差し出して、『モレーノの飛行機
が迎えに、こちらに来ているので、3時間程度で到着する』と富蔵に説明
した。

富蔵は一瞬、頭をバットで叩かれた様なショックを受けた。
事務所の中では、数人の事務員達が富蔵を遠目で見て、慰めの言葉を捜
していた。

富蔵はゆっくりとコーヒーを飲み干すと、事務員達にしばらくは、ここに来
れないかも知れないので、当分の間の仕事のスケジュールを話していた。
それが済むと近くの富蔵の宿泊施設に戻った。

すでにリカは起きて身支度を整え、薄化粧もしていた。
富蔵はこれまでのいきさつと話すと、サンパウロに急いで帰宅する事を話し
た。
『飛行機が3時間で迎えに、ここに到着するから、それまでに荷物をかた
  ずけて用意して、リカの身の振り方を考える・・』と話した。
彼女は黙ってうなずいて聞いていた。

富蔵は荷物を整理する間に、リカに靴磨きの少年を探して来るように頼ん
だ。富蔵がカバンに身の回りを詰めて、書類などをカバンに詰め終わる頃
に、靴磨きの少年が来た。

『この女性が、どこかしばらく宿泊出来る所を探しているが、良い場所と家
    を知っているか?』と富蔵は聞いた。
直ぐに靴磨きの少年が、『俺の母親がお手伝いで毎日、仕事に行っている
未亡人の金持ちの家は広くて奇麗で、場所も町で一番良い地域にある』と
教えてくれた。

靴磨きを連れて、オフイスの車を借りて、連れ立って未亡人の家に訪ねた。
そこに行く前に花屋でバラの花束を買い、ケーキ屋でチーズケーキを用意し
て玄関のベルを押した。
中から靴磨き少年の母親が出て来て、我が子と富蔵を見て少し驚いて居た
が、話を聞くと直ぐに未亡人に取り次いでくれた。

奇麗なバラの花束とチーズケーキが直ぐに効いたのか、女性一人に部屋を
貸す事を快諾してくれた。バラとケーキは靴磨きの少年が教えてくれたので
あった。

部屋は中庭に面した明るい浴室の付いた客間で、『誰も訪ねて来る人も居
ないから、』と言う事で即決で決まった。
富蔵は前金と言って、未亡人が希望する金額を気前良く手渡した。

直ぐにサインされた受け取りと、鍵が2個富蔵に手渡され、今日からでも来
て下さいと言う事になり富蔵は直ぐに部屋に引き返すと、若い衆2名に手伝
いをさせると耐火金庫とリカを連れてその家に引っ越した。

リカが未亡人の前で膝を折って丁重に挨拶すると、機嫌よく部屋を案内して
くれ、リカもその部屋を気に入ってくれた。そうする内に飛行機が到着する
時刻となり、日暮れを計算して直ぐに給油後に飛び立つと決めていたので、
部屋にリカを呼び『サンパウロでどうなっているか分からないが、必ず連絡
するので、ここを動くな・・』と話して抱きしめると車を事務所に急がせた。

事務所ではすべての用意が済んで富蔵の荷物も置いてあった。
靴磨きの少年を、事務所の雑役に雇う様に係りに話して快諾を受けたので、
呼び出して辞令を手渡し、リカの面倒も見る様に命令した。

飛び上がるように喜ぶ少年が、『まかしてくれ・・!』と言う言葉と、これか
らはボスには俺を『ペドロ』と呼んでくれと頼んで来た。

遠くで飛行機の爆音が聞こえて予定どうり到着したと感じた。

ペドロが我先に富蔵の荷物を抱えると車に運び込み、ドアを開けて待ってい
た。富蔵はペドロに『明日の朝からはキチンとした服装で、靴も履いてオフ
イスに来い!』と命令して幾らかの金を手渡していた。

飛行場に到着するとモレーノが飛行機の側で、給油を見ながらコーヒーでサ
ンドイッチを食べていた。
富蔵を見かけると、走り寄り、『絵美と子供が乗車していた車にサントス街
道の下り坂で、トラックがブレーキ加熱で暴走して事故に巻き込まれた様だ』
と教えてくれた。

上原氏夫妻の日本訪問の帰りをサントス港まで出迎えに行って、事故に巻
き込まれた様子が分かったが、長男の正雄と二台の車で迎えにサントス街
道を降りて、サントス港に行く途中であった様だ。
サンパウロの中央病院に入院していると話してくれた。

モレーノが肩を抱いて励ましてくれ、給油が終ると、トイレから戻るなりエン
ジンを始動させた。
モレーノは富蔵を飛行機に搭乗させると、サンパウロ目掛けて飛び立って
行った。

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