2012年12月5日水曜日

私の還暦過去帳(327)

旅に出て・・、

心感じた事は48年と言う自分が歩いた歳月でした。

旅に出て昔の郷愁に涙し、感激に浸り、驚きの変革に胸躍らせて見て、聞
いて語り合い、二度と戻る事は無いこの歳月が、過去に流されて、過ぎて
行った日々の積み重ねを体感として自分の身体が納得したと思います。

48年以上も前に、うっそうと茂る原始林のジャングルに恐怖を感じ、足
を踏み入れる事すら躊躇した事が在ることを考えると、今回見た移住地の
開発された広大な農地と、どこまでも青々と広がる麦の波を見て、感激の
興奮すら有りました。

人間の行動力は人間一人の力は僅かでも、その集団としての力と機械力を
操作する僅かな力で地球破壊の規模まで自然を変えて行きます。
48年の歳月は、昔は赤土にまみれ、雨が降ると泥土と化した道は舗装さ
れ、収穫した大豆を満載した大型トラックが疾走しています。

しかしながらパラグワイの日本人移住地として最初に開かれたラ・コルメナ
移住地では、高校卒業の10名の内、8名は日本に出稼ぎに出るという事態
を考えると、過去において日系人が努力して地元の大学を出て、学位を取り
その生まれ育った国に、日本人の血を持つという人間として活躍する人が
多く出ていました。

それも今では経済的な賃金格差の魅力から、日本に出稼ぎと言う若者達の
行動で地域の日本人社会の破壊的な要素も出て来ています。

若者がいない社会は衰退と敗退の世界です。私が48年前に最初に訪ねた
時は、原始林を伐採して、開墾して、農場には作物が植えられ、戦後移住し
た人達の活動がこれからの移住地や、パラグワイ日本人社会に対しても希
望的な多くの要素も有りました。

今回の訪問で、イグワス移住地や、ラパス移住地などの発展とその規模と
人口形態の動きなどとを比較すると、75年を経て、ラ・コルメナ移住地と
いう日本人社会が衰退の様を晒して、過去に日本人達がここで農業をしてい
たという過去の物語となる要素も含んでいます。
この事はパラグワイの全ての日本人移住地に言える事かもしれませんが、

日本国内で人口の減少と農業と言う社会的地位が失われている事が、教育
と言う、若者を教育して、精神的にも育てて行くと言う基盤の崩壊と感じま
す。移住地で話していた、『後に続く日本人、日本人の血と精神を持つ人間
が失われたら、いつの日かこの移住地はパラグワイ社会に埋没してしまう』
と話していた事が忘れられない。

それは同じく、日本国の現代社会の有様と同じ様だと心感じる事が在ります。
それは旅に出て、遥か遠い地球の裏側に訪ねて感じる疑問と思います。

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