2012年10月2日火曜日

第3話、伝説の黄金物語、(13)

 
  運命のサイコロ、

サイコロが投げられて転がるように動き出し、砂金採掘事業は進んで行った。
パブロは忙しくなり、ミゲールのワイフが下働きに来る様になった。

富蔵はミゲールに和食の根本から教えて行った。そのおかげで、調理の腕は
ドンドンと上がり、普通の献立は無理なく調理する事が出来た。
そして暇な時はミゲールにキッチンを任せて仕事をさせていた。

ある日、隣の市場で永い間、仲買の仕事をして、引退したイタリア人夫婦が
住んでいた家がご主人が亡くなって売りに出された。

その話を絵美が知らせてくれたので、隣なので昼休みに見に行ったが、子
供が居なかったので、奥さんは故郷のイタリアで余生を送るという事であっ
た。
訪ねて行くと、丁度弁護士も来て財産整理の話をしていた。
話を中止して屋敷の中を全て案内してくれたが、富蔵は身体が震えるほど
その家が欲しくなった。

まさか隣がこんなに自分が気に入るような家であったとは、まったく気が付
かなかった。
仲買をしていた時代からの、ゆったりととした天井の高い倉庫、そこにはト
ラックが荷物を積んで楽に入る事が出来る門口、奥は車が5台は駐車でき
るスペース、3階建ての家は地下室も付いて部屋数も使用人が住んでいた
ので12部屋もあり、前はオフイスの事務所が通りに面して開いていた。

家具もイタリア製の上品な物が沢山あった。奥さんは部屋を案内する時に、
名残惜しそうにして家具類を説明していた。
表から見たらまったく思いもしない家であったが、中は富蔵を驚かすのには
十分の家であった。

奥さんは富蔵と絵美を弁護士に紹介して、『隣で日本食のレストランを開い
ている』と話していた。コーヒーが出され、弁護士が『どうですか・・、気に入
りましたか?』と聞いてきた。
富蔵は隠してあるカバンの札束を思い出していた。

冷静を装いながら、値段はどのくらいか聞いた。弁護士は家の権利書を示
して、家財のリストを見せながら、『この家を家財込みで一括買い上げする
のであれば格安にする』と前置きをして、
『一括して売れなければ、新聞広告を出して人を集めて競売をする』と話し
た。
『この地域は野菜市場で、家がよほど程度が良くても、高級住宅街の値段
とは比較にならない』と言って、最近売れた近所の価格を3軒ほど示してく
れた。
誰も即金で一括買取出来る人間は少ない様であった。

富蔵はコーヒーのカップを前に、弁護士の目を見ながら『ずばりの値段を
言って下さいと』言葉短く話した。絵美が富蔵の手を強く握り締めた。

『もし・・、ドルか英国ポンドでの即金支払いであればもっと値を引く事が出
来る』と話して来た。
富蔵が『ズバリ!ドルでは幾らか?』と聞いた。
富蔵の気迫のある言葉に弁護士の顔色が変った。弁護士は奥さんと別室
に移動してドアを閉めて何か話していた。

しばらく富蔵と絵美はコーヒーを前にテーブルに座っていた。
絵美が『こんな家があれば何にでも使えて、子供を育てるのにも良いのだ
が・・』とつぶやいていた。

ガタンと音がしてドアが開き、先ず奥さんが出て来た。その後に弁護士が
書類を手に出て来た。奥さんがおもむろに口を開いて『弁護士と良く相談
したが、現金のドルで全額一括して即金で払うのであれば、家屋と家具全
部全て込みで、私の財産を1万2千ドルで売りましょう・・・!』と静かに富蔵
と絵美に告げた。

しかし、修理もしなくて、痛んだ個所は現状のままでと言う事であった。
当時の金額としたらかなりの値段であった。富蔵がアメリカの二ユーヨー
クで働いて居た時代は1日の日当が1ドル程度であった事を考えると、ブラ
ジルのサンパウロの市場の近くで、限られた人達が青果市場を訪ねてくる
ことを考えたら、投資などはまったく不向きな場所であった。

富蔵は冷えたコーヒーをグッと飲み干すと、『そろそろ昼寝の時間ですから、
それが終って返事を致します』と答えた。内心はドキドキするくらい興奮し
ていた。

心の中で『絶対この家を買うー!買ってやる』と叫んでいた。

丁重に奥さんと弁護士に礼を言うと、握手して『2時間して午後4時に、こ
こで!』と約束した。

富蔵は食堂に帰ると、部屋の中で絵美と向かい合い、『俺はあの隣の家
を買う・・!これからの二人の将来の為にも、絶対に買う・・!』と告げた。

絵美は薄々、富蔵が多額の現金を持っている事を知っていた様だ、夫婦
と同じ様に生活して、同じベッドに寝ている仲であることを考えると肌で感
じていた様だ。

富蔵は物置の奥にあるロッカーを開けて、中の金庫から札束で1万2千
ドル両手で持って来た。絵美の前に置き、『この金の事は何も聞かないで
くれ、この金で自分の将来を買う』と言った。

絵美はうなずくと、富蔵を固く抱きしめて『富蔵さん、隣の家を買うとすれ
ば、このお腹の子供の家にも成るのですね・・!』と言った。

富蔵は飛び上がって驚き、唇を重ねて無言で抱きしめていた。

午後4時少し前に隣の玄関のドアを叩いた。
ドアが開かれて富蔵と絵美が招き入れられ、応接間のソフアーを勧めら
れた。

弁護士に頼んで家の権利書と家財道具のリスト表を見せてもらったが、
全てまとめられ簡素に列記してあった。絵美がポルトガル語のリストを見
て説明してくれた。
富蔵が驚いたのは、銃器保管庫があり、狩猟の散弾銃やライフル、拳銃
なども列記してあった。生前、ご主人が使用したものであった様だ。

富蔵はおもむろに口を開き、『値段は即金でドルの現金で出すから少し
値引きをしてもらいたい・・』と言って、封をしたドルを6千ドル絵美のハン
ドバックから出して見せた。

奥さんと弁護士の顔色が変った。

富蔵がまた口を開いて『家もあちこちと手入れをしなくてはならないので、
物要りとなるので少しは現金を手元に残したい』と言った。

僅かな会話が弁護士と奥さんの間に交わされると、黙って手を差し伸べ
て『値引き1000ドルで手を打ちますか・・』と握手して来た。

富蔵は立ち上がると先ず奥さんと握手して、弁護士とも握手した。
絵美の背中を押して絵美にも握手させた。

奥さんが奥からシャンぺンとグラスを持って来ると、弁護士がボトルの
栓を気前良く開けた。
『ポーン!』と景気良く音がしてグラスにシャンペンが充たされ、乾杯した。

それが終ると、『前金で6千ドル、権利書の書き換えが済んだら残りの5
千ドル』と言う事で奥さんと弁護士のサインが入った受け取りと現金が
交換され、それと家財道具のリストも富蔵に手渡された。

全て済んで玄関を出る時に、『こんなに早く決まる事は予想もしなかっ
た、増して即金で決済など思いも寄らなかった』と弁護士が話すと、
5日間で権利証の書き換えが済みますので残金を間違いなくお願い致
します』と言った。

それを絵美が聞くと黙ってハンドバックを開き中を見せた。
弁護士が唸って、『マダム、大変失礼致しました』と言うと、うやうやしく
ドアを開けてくれた。

これで全部済んでしまった。心にずしんと何か重いものが入った様だ
った。

その夕方、ウキウキしながら食堂の仕事を終わらせていた。
ミゲール夫婦も帰り、絵美と二人で遅い食事が済むとコーヒーを前に、
もう一度丹念に家財リストを見直した。すると車2台という一行が書い
てあった。

裏庭を見た時は車などは無かったが、家の競売を考えて車を整備に
出してある様だった。

フォード4トントラック1台、フォードの乗用車1台と絵美が電話で確認
した。
それは明日の午後には修理工が裏の駐車場に完全整備して持って
くるという事であった。
富蔵はその話を聞いた途端、この売買契約が大きなチヤンスと幸運
さを掴んだと感じた。
正確に5日目の朝に弁護士から電話があり、朝9時と連絡してきた。
9時に隣の家の玄関を訪れると、奥さんと弁護士が二人で笑顔で出
迎えてくれた。
先ず裏庭の車2台を点検して、始動して動く事を確認した。

応接間に戻ったが、並べられた家の鍵が名前を付けて、盆の上に置
かれていた。
富蔵は札束を横に5千ドル並べた。それを鍵と交換すると、サインし
た受け取りと家の権利書が手渡された。
権利書には富蔵の身分証明と同じく、上原トミー富蔵と上原エミー
絵美と書いてあった。

奥さんが富蔵と握手して抱擁すると、そのあと絵美を抱きしめて『有
難う・・、これでイタリアの生まれ故郷で安心して余生が送れる』と言う
とハンカチを出して涙を拭いていた。

今度は富蔵と絵美が玄関口で弁護士と二人を送り出し、道の前に
駐車していた車に見送った。
弁護士が別れに固く握手すると、『こんな簡素で問題なく済んだ契約
は初めてだ!』と礼を言った。車が動き出して見えなくなった。

玄関ドアを閉めると二人で固く抱き合い、喜びを分かち合った。
しばらく家の中を家財リストの表を見ながら室内を見て廻った。
寝室の横にある書棚を奥さんに教えられた様に押すと、裏に隠ドア
があり、開けると狩猟用銃器の保管場所と、書類キャビネットがあり、
中には備え付けの金庫もあった。

その日の夕方、上原家の家族全員が集まり、食堂を休んでパーテイ
を開いた。
長男の正雄もマリアと非常に喜んでくれ、倉庫を見て羨ましがってい
た。長女の美恵ちゃんもご主人と驚きの表情で、自分達が買いたか
ったと羨ましそうに見て廻って居た。
上原氏夫妻も富蔵と絵美が食堂を支えて隣の家まで購入した事に
満足していた。
最後に富蔵が絵美が妊娠した事を併せて報告すると大騒ぎになり、
乾杯が何度も続いた。
皆が帰って直ぐに、リオ・ベールデからパブロがトラックで慌てた様子
で帰って来た。

仲間の一人が誘拐され、砂金を要求されていると報告した。
パブロに食事を与え、落ち着かせて話を聞いたが、直ぐに行動を
開始した。
飛行士のサムに電話を入れ、早朝の飛行を頼んだが、直ぐに了解
され、夜明けと同時に飛ぶ事が決まった。
トラックを隣の駐車場に入れ、明日早朝、サムの飛行場まで、フォ
ードの乗用車を用意した。
それが済んで部屋を見せたが、パブロが隣の家中を見て驚いていた。

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