2012年9月24日月曜日

第3話、伝説の黄金物語、(9)

砂金の臭い・・、

富蔵は翌日から食堂の仕事を始めた。
自分の永年使い慣れた包丁を磨いで用意していたが、全て何も問題なく
ランチの開店時間前には準備が整っていた。

奥さんも病院から顔を出して『ランチ時間は手伝います・・』と言ってくれた。
仕事は慣れたもので、富蔵にはまさに水の中の魚で動き回っていたが、
沢山の常連客が多い店で、奥さんと絵美ちゃんのウエイトレス姿がいつ
ものように店にあるので、お客も何も聞く事はなかった。

そんな忙しい日が2ヶ月ばかり過ぎた日に、店を閉めて雑用のミゲール
が帰り、絵美ちゃんとゆっくりと食事を始めていたら、店の外で何か騒ぎ
が起きて怒鳴り合う声がしていた。
富蔵が窓から見ていると、浮浪者の様な男が三人ばかりの男達に殴ら
れているのが見えた。
中の一人は警官で、『この泥棒野郎ー!今回は豚箱に入れてやる』と叫
んで居たが、富蔵は外に出てその浮浪者をかばい、殴るのを止めさせた。
良く見ると右手の手首から先が無く、左手の指も先が切れて無かった。

左手に何か食べ物を握り締めて、必死で男達から逃げようとしていた。
一人の男が、『こいつがパンを盗んで逃げたから・・』と富蔵に言った。

富蔵はポケットから幾らかの金を出すと、『これで勘弁してくれ・・』と言っ
た。それで騒ぎは収まり、男達は去って行った。

浮浪者は富蔵を見て感謝の言葉を何か言っていたが、食事を思い出し
て店に戻った。窓から絵美ちゃんが見ていた様で、『富蔵さんは親切
ね・・!』と言って、『あの浮浪者は時々、食べ物を貰いに来るのよ・・』と
話していた。

富蔵は今日の残り物を捨てる事を考えていたので、淵がカケた皿を思
い出して、それにごってり注ぐと食堂の前の歩道に居る浮浪者を呼んで
与えた。肉ジャガと昼の残りの焼飯を載せていた。

絵美ちゃんと楽しい食事が済んで跡かたずけも済まして、少し明日の
仕込みをして、最後のゴミを出そうと食堂の前に出ると、先ほどの浮浪
者が皿を持っ立っていた。富蔵はすっかり忘れていた。

浮浪者は何度も礼を言うと皿とスプーンを返して来た。見ると顔に傷が
在り、少しまだ血が滲んでいた。富蔵はその男を呼んで、店の横にある
雑用の洗い場で顔を洗わせて、奥から緊急薬品入れを持って来ると、
消毒をして傷の手当てをしてやった。
それが終わってから富蔵はその男に、どうして手先を無くしたか聞いた。

男は右手を見せながら、『砂金掘りに行って、砂金を持ち逃げしようとし
て掴まり手首を切り落とされた』と話してくれた。
左手は何とか哀願して指先だけ切られたと教えてくれた。

手が不自由なので仕事も出来ずに、今ではサンパウロで浮浪者をして
いると話していた。富蔵は男に、何処の土地で砂金掘りをしていたか聞
いた。

男は『ノロエステ線で300km近く奥地に行った、リオ・ベールデの近く』と
教えてくれた。
富蔵は一瞬、ドキーンとして、忘れかけていたあの砂金の在り処を書い
た地図を思い出した。
まったく同じ地域でこの男が砂金を掘り、その金を持ち逃げしようとして
仲間にリンチにあって、命だけは助かり、ここに浮浪者で居るという事を
知った。

何と奇遇な巡り合わせかと感じた。
そして、そこで2年間も住んで砂金を掘っていたと言った。

富蔵は運が廻って自分の方角に向いて来たと本能的に感じ、何も砂金
掘りなどは知らない自分に、この浮浪者は利用価値があり、この男を使
えると感じた。

後の判断は早かった、絵美ちゃんに出かけてくると声を掛けると、その男
を連れて市場近くの田舎から出荷で野菜を持ってくる農家の人間や、集
荷のトラック運送屋達相手の夜店に行き、作業着や靴などを買い、生活
用品も買い与え、それを買い込んだ毛布に包むと店に戻り、屋根上の洗
濯干し場の僅かな物置小屋を見せてそこに寝るように教えた。

昔、食堂になる前は、そこで使用人のお手伝いが寝起きしていた場所で
あった。折りたたみの簡易ベッドを見せ、寝る用意をさせた。

富蔵は食堂からピンガの酒瓶を持って来ると、『俺の子分になるか?』と
聞いた。男は自分の名前は『パウロ』と言うと、破れたシャツを広げて小
さな十字架を取り出すと、それにキスをして、富蔵の名前を聞いた。

富蔵は『俺はトミーと言う』と教えた。
パウロは『この十字架に誓って・・!』と答えた。
富蔵が差し出すピンガのコップを受け取り、十字架を浸すと、うやうやし
く飲み干した。
パウロは安心したのか富蔵が注ぐ酒を貰い、『ここで寝て良いのか・・』と
聞いていた。
富蔵が『俺の子分になったから、お前はそこで安心して寝て良い』と声を
掛けて、『明日からは食堂の下働きだ・・』と言った。

それが済むと、『明日8時から店の掃除などの雑用の仕事だー!』と言
うと階段を下りて部屋に戻った。
絵美ちゃんに説明して、今の雑用兼、皿洗いのミゲールはキッチン助手
に格上げすると話した。
翌日、朝早く起きて店の横、雑用の洗い場に行くと、すでにパブロが機
用に洗い場の周りを掃除していた。

新品の作業着に着替え、靴を履き、ボサボサの髪と髭が綺麗に剃られ
て別人かと思うくらいに変っていた。昨日、買い与えた日常生活用品で
身奇麗にしたと感じた。

ミゲールが出勤して来て、今日からキッチン助手に格上げすると言うと
飛び上がって喜んでいた。
パブロに雑用の仕事を教える様に言って、今日一日の仕事の幕を開け
た。
その日から富蔵に砂金の臭いが身近に感じられて来た。

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