2012年9月16日日曜日

第3話、伝説の黄金物語、(5)‏


マリアとの再会

富蔵は自分が選んだブラジル生活の道を満足していた。
平穏な時間と、これからの自分がブラジルで生きていく基本を学ぶ上で格好
の場所と感じていた。

言葉も、上原氏の長男と市場で仕事を通して,肌で会得して学んでいた。
もともとスペイン語の基本が少しあり、会話もかなり出来ていたので、上達
は早かった。
夜は正雄がポルトガル語の読み書きも教えてくれ、これもメキメキと上手
くなった。
サンパウロ日本町のレストランで働いている次女の絵美ちゃんも帰宅して
仲良くなり、富蔵は彼女に引かれて居たが、上原家の次男としての身分証明
を使い、家族同然の待遇では、家族として絵美ちゃんに対するだけで、それ
以上は手が出せなかった。

富蔵もコックの腕を披露して上原家族に喜ばれ、重宝されていた。
収穫などで夕食が遅くなれば富蔵が台所で、たちまち家族が食べる一品を
作り、疲れた皆が歓声を上げて喜んでくれた。

富蔵もマリア親子の事など忘れかけた3ヶ月ぐらいした時であった。
市場も終わりかけで、そろそろ帰り支度を始めた時であった。
マリアが子供の手を引いて、ぼんやりと富蔵を見詰めていたのを正雄が見つ
けてびっくりとして、『どうした・・・!、帰って来たのか?』と叫んでい
た。

マリアは疲れ切り、富蔵とサントスで出会った様なボロボロの格好で立っ
ていた。
富蔵も驚いて『お腹が空いているか?』と聞いた。
うなずくマリアに、直ぐ近くの屋台から、フェジョンの豆と肉を煮込ん
だ山盛りの皿と、パンを持って来た。マリア親子は黙って黙々と食べていた。

その間に富蔵達は荷物を馬車に載せ終わり、帰りの支度を済ませていた。
食事が済むとマリアは感謝の言葉を言って一言、『夫は亡くなっていました』
と話した。
涙ぐんだ顔で、『これから帰るところも無い・・、バイヤに帰っても夫が死
んだから、何処も生活する場所が無くなった』と言うと途方にくれていた。

正雄はそんなマリア親子を馬車に乗せて、帰宅に付いた。
子供は満腹になったのか、マリアの腕の中で直ぐに寝ていた。帰りの馬車の
中でマリアは簡単に説明してくれたが、ノロエステ線の奥まで行き、そこで
訪ね当てた所で亡くなっていたと話していた。

帰りの旅費も無くなっていたので、しばらくはそこの町でお手伝いで働いて、
旅費を稼ぎ、ここまで戻ってきたと話していた。

埋葬された教会の神父が遺品を預かっていたので、それを貰って来たと、
小さな包みを見せてくれた。

家に帰り着いて上原夫妻も驚いてマリア親子を迎えてくれた。眠った子供を
見て、離れの部屋をマリアに示して、そこに寝かせるようにしていた。
マリアは食事は済んでいたので、水浴びして昼寝をするように勧められ、
喜んでいた。
奥さんがマリアの汚れた服装を見て、着替えを何枚も出して来て、マリアに
持たせていた。
しばらく富蔵達は家族と昼の食事のテーブルでマリアの事を話し込んでい
たが、結論は、しばらくは居させて面倒を見ると言う話に落ち着いた。

その夜、マリアは長女の美恵ちゃんのお古を着こなして、先ほどの汚れた
姿と別人の様に綺麗になって出て来た。子供はおやつを食べると、また寝て
いると話していた。
大人だけのテーブルの席で、マリアは改めて感謝の心を表して家族に言葉
を掛けていた。マリアは食事が終わると先に立って台所で皿洗いと、鍋な
どを洗い、かたずけていた。

奥さんが自分が跡かたずけをやるからと言う言葉など無視して、マリアが
手際良く終わらせてしまった。

正雄がマリアの均整のとれた後姿の肢体を見詰めていたのを、富蔵は見逃
さなかった。
マリアはまだ若くて、混血でも小麦粉肌で髪は長く、労働で引き締まった
身体がセクシーさを滲ませていた。
富蔵は今までの女性遍歴で何度か知った体付きだったが、正雄の目は初心
な眼差しで見詰めていた。

その夜、マリアに富蔵と正雄、三人若いもの同士、テラスでコーヒーを手
に話していた。
マリアが持って来た遺品を開けて見せてくれたが、それは一冊の聖書と、
その本に挟んだ手書きの小さな地図だけであった。

しかし、その聖書と手描きの小さな地図が、後に巨額な砂金の所在を示す
場所を秘めていた事には誰もその時は気が付いては居なかった。

寝る時間になり、離れの部屋の電球が切れていたのを交換する為に、
マリアと正雄を一緒に富蔵は行かせた。

その頃は富蔵は母屋で部屋を貰い、そこで家族として寝泊りしていたが、
富蔵には一つ良い考えが湧いていた。
正雄も悪い気がしないのか、喜んで電球を手に、マリアと離れに歩いて
行ったが、そのたくらみが良かった様だ・・、

マリアと正雄が連れ立って、静かに眠りに付いた農家の離れに歩いて行
くのを見送って、テラスの薄暗い電灯の下で聖書のページを見ていた。

何ページか開けていく内に、ページの活字に黒く点が付いていたのを見
逃さなかった。

富蔵は何か直感でこの中に隠された意味があることを感じた。

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