2012年9月12日水曜日

第3話、伝説の黄金物語、(3)‏

上原氏との出会い、

富蔵は酔いの力もあり、マリアをベッドに押し付けていた。
マリアは富蔵の最後の求めは,『私には夫と子供が居ます・・、』といって、
拒んでいた。

富蔵は、はっとして彼女が言う言葉が、酔っていた心にもグサリと刺さった。
側の寝顔が可愛い女の子を見ると、それ以上は手が出せなかった。

毛布を被ると今日一日の緊張からか、ドロ沼に引き込まれる様にそのまま寝
てしまった。朝は船の習慣で早かっので、側でマリアと子供がまだ良く寝て
いたので、一人で起き上がり、着替えて外に出た。

近くに朝市が出ていて人が集まり、屋台も並んでいた。町の生活物資が何で
も揃うという感じで並んでいた。一通り見て周り、野菜類を売る場所でふと
見ると、東洋人が2名、野菜を売っていた。

何かもめている様で、ブラジル人の若い男が3人ほど、東洋人を囲んで、言
葉はわからないが、イチャモンを付けている感じがしていた。

黙って側で見ていたら、ブラジル人の男の一人が売り上げをひったくる様に
金を奪ったので、富蔵は日本語でとっさに、『このやろー!何するんだ!』
と怒鳴って、その男の手をねじり上げて金を取り戻した。

その金を東洋人の若い男に差し出すと、何と、『どうも大変有難う御座いま
す』と答えた。富蔵は驚いて居たが、すぐにごろつき3人の内、2名がナイ
フを抜いたので、

『危ないー!』と言う声と同時に、富蔵も側の野菜売り場に山に積んである
砂糖キビの1メートルぐらいの茎を取ると同時に、剣道の要領で、小手一本
を決めてナイフを叩き落し、返す動きで側のもう一人の面を叩いていた。

砂糖キビが折れ飛び、相手が尻餅を付いてひっくり返った。
富蔵は用心にもう一本砂糖キビの茎を握ると、相手はこそこそと逃げて行っ
た。

東洋人は日本人だったのである、親子と思う日本人は『上原と申しますー!
』と自己紹介をしてくれた。売っていた野菜はジャガイモを主に、何でも少
しずつ置いてあった。
富蔵もホッとして、話し掛けていたが日本からの移住者で、奥地でコーヒー
栽培の小作をして居たが、次男がマラリアで死んでから、サントス港とサン
パウロの中間にある、小さな町の郊外に気候も良いので、野菜栽培で引っ越
してきたと話してくれた。
『ここは魚も簡単に手に入り、新鮮な物が食べられますよ・・』と話していた。

話が弾み、富蔵もあっさりと『日本船からの脱船者で逃げて来た』と話すと、
『行き先が無いのだったら、一度我が家に来て下さい・・』と言う誘いにあ
っさりと乗った。
『妻ではないが、連れの子持ちの女が居るのだが・・』と言うと、
『何もかまいませによ、食べるぐらいは、農家ですから何も心配はあリませ
んよ、』と、強く誘ってくれた。

富蔵は何か・・、これから先の、もやもやが吹き飛んだ感じで、同時に空腹
を感じた来た。『腹減ったなー!』とつぶやくと、上原氏が、『このお握り
でも食べて下さい』と勧めてくれた。
高菜の漬物で巻いた大きなお握りであった。

富蔵が、『これは貴方の朝食ですか?』と聞くと、『これはただのおやつ
です・・』と言って押し付けて来た。朝が早いのでお腹が空いた時に食べる
のだと話していたが、富蔵にとって、まさかここで、お握りが食べられると
は驚いていた。

食べ終わると礼を言って、宿に戻り用意をしてくると話すと、
『必ず来てくださいー!』と声を掛けてくれた。
宿に戻るとマリアが起きていた。コーヒーとパンが用意され子供は食べていた。
富蔵はマリアにゆっくり説明して、『俺はここで同じ日本人の農家に行く』
と話した。

マリアは『ここで別れて、サンパウロで消息が消えた夫の行方を捜す』と言
うと、『もしも夫が亡くなっていたら・・・』、と言うと下を向いて考えて
いた。

富蔵は彼女がサンパウロに行くと言うので、少し市場で子供の着替えやマリ
アのスカートも買ってやろうと考えていた。

食事が済むとマリアと子供を連れて市場に戻った。上原氏に紹介して、事情
を説明して話したら、夕方にサンパウロの市場に出荷すジガイモを、トラッ
クで積み出しするので、それに同乗して行けばと誘ってくれた。
上原氏の長男が上手くマリアに説明してくれ、彼女も納得していた。

上原氏が市場の仕事が終わるまで時間が有るので、その間に買い物をするこ
とにして、マリアと子供を連れて服を買いに歩いた。
マリアはすまなさそうにして、買い物をする富蔵について歩き、値段の交渉
をして値切っていた。
早口で話すポルトガル語は、富蔵には皆目解らなかった。

都会のサンパウロに出る格好がつく服を買い、ついでに新しい靴も親子に買
てやった。マリアが感謝の言葉を何度も富蔵に言い、子供は大喜びで富蔵の
手を握り飛び跳ねていた。
全てが済んで、上原氏達が待っている場所に行くと、すでに朝市のかたずけ
が始まっていた。
馬車が横付けされて残りのジガイモや野菜が積まれ、富蔵も手伝いていた。
マリアは宿の勘定を済ませて、荷物を持って来た。上原氏の長男は皆が馬車
に乗る前に自己紹介して、正雄と言い、ここではマサと呼ばれていると教え
てくれた。

長男の正雄が馬車に乗りこむ時に足をかばい、彼の右足が義足と分かった。
富蔵が馬車に乗りこむ正雄に手を貸し、上原氏も御者台から手を差し伸べて
いた。

馬車が動き出して、上原氏が、『正雄は田舎のジャングルで伐採作業中に
倒木に足を挟まれれる事故で足を無くしたのだ』と教えてくれた。
小さな街中を過ぎて土道の農場が広がる所に出ると、『あそこの家ですー!』
と指差して教えてくれた。

農場の近くになると、畑で奥さんらしい人が手を振っているのが見え、農場
の敷地に入ると犬達が歓迎してくれ、ニワトリの鳴き声も聞こえていた。
のんびりとした田園の様子は富蔵には懐かしい日本の思い出を感じさせてく
れた。馬車が止まり、奥さんと娘らしき方が迎えに出て来て、上原氏が紹介
してくれた。

富蔵ですと自己紹介すると、奥さんが『次男の富蔵と同じ名前ですね・・』
と驚いていたが、どう書くのですかと聞いたので、漢字を教えると『まった
く同じですね』と娘と話していた。
『そして体つきまで似ている・・』と話すと、マリアと子供を呼んで家の中
に案内してくれた。

直ぐにお昼になりますからと言うと、居間に飾ってある写真を指差して
『マラリアで亡くなった私の子供の富蔵です』と教えてくれた。

上原氏も『そう言えば良く似ている・・』と長男の正雄とうなずいていた。
その日のお昼食は賑やかに日本語とポルトガル語が飛び交い、富蔵もすっか
り馴染んでブラジルに逃げ出してきた夢などを語っていた。

食事が済んで家の側にある別棟の家に案内され、昼寝をするように勧めら
れた。正雄がマリアにトラックが夕方4時には集荷に来ると話していた。
昼寝の夢を破ったのは、犬達の吼え声で分かったが、トラックが集荷に来
た様だった。

マリアと子供が起こされ、トラックにジガイモやキャベツなどの積荷を載
せている間に用意をしていた。
娘さんもサンパウロに帰るということで、同じトラックに同乗して行くよ
うであった。
上原氏には娘が二人居るようで、美恵と言う名前の長女はサンパウロで野
菜の仲買をしている、日本人と結婚して街に住んでいると教えてくれた。

あと一人の一番下の次女は、サンパウロ日本人街のレストランで働いてい
ると言う事であったが、時々、休日には帰って来る様であった。

富蔵はマリア達親子がトラックに乗り込む前に、少しばかり、まとまった
金を握らせた。マリアは別れの時には涙を流して、感謝の言葉を何度も富
蔵に掛けていた。

富蔵も何かあればここにまた来るように話していた。しばらくは言葉も覚
え、ブラジル社会が見えて来るまで、ここで働きながら世話になるとマリ
アに正雄から話して貰った。

美恵も大きなお土産の荷物を持つとトラックに乗り込み、マリアも子供も
富蔵にキスをして別れをしていた。
トラックは富蔵と上原氏の家族に見送られて農場の門を出て行ったが、
富蔵は短い時間であったが、マリア親子がなぜか名残惜しかった。

夕食まで畑の手入れや明日の市場の用意をしていたが、何も苦労ではなか
った。それは昔は自分も農家の出で、16歳で神戸に出るまでは、家では
何でも手伝わされていたので、農作業などは気軽に進んで働いていた。

その夜、夕食時間に改めて今朝の事に感謝の言葉を言ってくれ、上原氏と
奥さんが、ここで働いてくれるように勧めてくれた。
上原氏は奥さんに、富蔵が剣道が上手でかなりの腕があることも話してい
た。

富蔵が相手をしていた一等航海士に剣道の相手が居なくて、今頃は困って
いると感じていたが、同じく事務長も柔道と空手の重宝な相手が突然消え
たので困惑して、新しい相手が難しいので、今ではどうしているか考えて
いた。

富蔵が船を脱走するまでは、毎日必ず運動の為に練習する航海士の相手を
させられ、その腕も航海士の剣道4段の個人教授でメキメキと腕を挙げて
誉められていた。

食事が終わり、コーヒーが出され、先ほどサンパウロに帰った娘さんが作
ったケーキも切られた。
その夜、富蔵は覚悟を決め、しばらくはブラジル社会を、この自分の目で
見えて来るまで、この上原氏の農場に腰を据えようと決心していた。

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