2012年7月5日木曜日

死の天使を撃て!

第2話、『ブエノスに遠い国から来た狼達』


(15)ユダヤ老人の話し、

私は外に出て、タクシーを拾った。
ルーカスも連れてパラグワイ行きの買物をして歩いた。宮本旅行社に寄り、
先ず本と野菜の種を買った。
ここでは旅行業務の他、色々な日本関係の物をあつかっていた。

それから金城雑貨店に寄り、日本船から仕入れたキッコーマンの輸出用樽
から小分けしたワイン瓶入り醤油を10本と一升瓶入りの特級の日本酒を
四本買った。それで全てが済んで、ルーカスのアパートに帰って来た。

荷物を下ろしてランチに出かけた。日本人会近くのイタリアン、レストラ
ンであった。
ルーカスも初めてで喜んでいた。彼にはアサードの焼肉を、私はいつもの
魚を頼んでいた。
食事も半ばを終った頃に友達のユダヤ人の老人がやって来たので、挨拶し
てルーカスを紹介した。食事をしながら奥地の農業の現状を教えていたが、
興味があるのか真剣に聞いていた。

食後は外のテラスの道路端のテーブルに移動して話しこんでいたが、いつ
ものコーヒーとコニャックを頼んで3人で午後の一時を楽しんでいた。
するとひょっこりとマリオがやって来た。私は彼をユダヤ人の老人に紹介
した。

意外な展開となった。
老人は直ぐにマリオを同じユダヤ民族の人間と感じた様であった。同じ
民族の血が引きつけるのかもしれなかった。同じ外国からの移民で言葉は
スペイン語を話しているが、アルゼンチンのこの様な場所でお互いに顔を
合わせて話し始めることは珍しいと思った。
老人がマリオに聞いた。
『貴方はどこからこの国に来たのか-ー』『イギリス連邦のある国から』
と言って答えていた。
私はマリオが用心していると感じた。老人はしばらく普通のありきたりの
話しをしていたが、突然にシャツの腕をまくり、死の刺青をマリオに見せ
た。
マリオは一瞬どきりと飛び上がる様な感じで、老人をまじまじと見詰めて
いた。
老人が『私にはウソは言わないでくれーー!』と言った。
『私はこの日本人青年が、正直で実直な百姓だから年齢や民族を超えて仲
良く友達で話している』とマリオに言った。

『私はワルシャワの街を追われて、ポーランドからアウシュビッツの収容
所に送られた数少ない生還者で、それまで幾度となく生死の狭間をさまよ
い、人がウソをつき、だまして、陥れて、利用しようとするのを身体で体
験して、心に刻んで学んだので、いまお前が心に考えて思っている事が私
には感じる事が出来る・・!』とマリオに突き付けた。

その言葉はかなりの気迫が有った。マリオはたじたじとして、うろたえて
いた。老人の目を逃れてコーヒーカップを見詰めて下を向いていた。
老人はゆっくりと『私に話してくれないかーー!』とマリオに訊ねた。

私はふと考えて『お邪魔な様だからーー席を外す』と言った。
老人は『そうしてくれーー!』と答え、腕時計を見て、私に『少し歩いた
所に、雑貨屋があるからそこでミルクとオレンジを買って来てくれないか』
と聞いたので、喜んで引き受けた。

老人はポケットから金を出すと私の手に握らせて、
『10分ばかりして来てくれーー、』と言った。ルーカスと二人でゆっく
りと歩き出した。
振り返ると老人とマリオが額が着く様な近さで何か真剣な言葉を交わして
いる感じが、かなり離れた所まで来た私にも感じた。
何を話しているかは、まったく分からないが、その後マリオが意外な行動
をしたので何か有った事だけは確かと思った。
10分間ぐらいの時間が私にはとても長く感じた。 



(16)依頼の標的捜査の用意、

私とルーカスが戻った時は、マリオはもう居なかった。
老人は私から買物を受け取ると、中からオレンジを出してくれた。
皮を剥きながら老人はゆっくりと話し始めた。

『私は個人的には復讐とか報復での殺し合いは認められないーー!』

『殺し合いはお互いに不信感と憎悪の感情のみ育てて、何も建設的な未
来と、将来を作る物ではない・・!。しかしそれが集団となった民族的
な解釈からすると、絶対に許せない事になってしまう様だ。イスラエル
の建国からあまり時間は経ってはいないが建国したからこそ、それが
出来るのかもしれないー!』と言った。

『貴方は日本人だ、しかしマリオの心を善意に解釈すれば彼が捜して
いる標的は人類の敵だ、人間がしてはいけない事を人間に対して行
なった。
 貴方も協力してくれないかーー!』私は考えて直ぐには答えが出な
かった。

標的が何をしたのか、何を戦争中にユダヤ人に対して行なったかーー!
その事を聞こうか?

それとも聞いて、一生涯忘れる事無く、心を悩まし続けるかーー!。
私は悩んだ。確かにユダヤ民族に対して、個々のユダヤ人や家族に対
して残虐な行為をした事は間違い無いと感じた。

それだからこそ、マリオが執念となって捜し、追いかけ、その人間を
標的として抹殺し様としている感じがひしひしと伝わって来た。
老人はオレンジを食べ終わると口を開いた。
『パラグワイに行って目標のターゲットを捜して、本当に住んで居る
のか、確かに本人かを確認してからそれからの事だがーー!』そう話
すと腕時計を見ていた。

そこにタクシーが止まりマリオが降りて来た。彼は私達のテーブルに
来ると、先ず老人に軽く会釈をすると、『貴方の言う様に、人に命が
けな物事を頼む時に、信用してお互いの信頼がなければ、誰も本気で
は動いてはくれないー!』と

彼は話すと、私の方を向いて、『これが報酬の前金3000ドルで
す・・、今まで一度も標的に接近して写真などの確認するものを撮っ
た事が無いから、それを画像で捉えたらまた3000ドル払います』
と言った。
多額の現金である、私も『どきり~!』として、封筒に入ったドル
の現金を手にしていた。中には百ドル紙幣で、きっちりと30枚入
っていた。

私は何も訊ねる事無く黙って手を差し出した。そのくらいの調査な
ら休暇の期間に出来ると感じた。それよりパラグワイの昔の仲間を
訪ねて行けることが嬉しかった。 ルーカスも暇な時期だから、何も
心配ないと言ってくれた。

マリオにルーカスの犬も乗せられるか聞いた。
『狂犬病の予防注射を受けていたら、何も心配は無い、パラグワイ
入国は簡単だ』と話してくれた。
利口なルーカスの犬を是非連れて行きたいと思っていた。

飛行機で飛ぶので、搭乗している時間が短いので、問題は無いと感
じたが一応マリオに念を押していた。マリオは直ぐに『何も心配は
無いーー!』と答え、明日は時間を守ってくれと念を押してきた。

彼は老人の方を向くとおもむろに『私は日本人青年を信用して、前
金を払いこれからの物事の解決の糸口を託した。私は彼がどこに住
んで居るか、殆ど何も掴んではいないし、過去の事も知らない、
しかしお互いがそれを受け入れて、信用しなくてはこんな事は頼め
ないー!』と老人に言った。

老人は静かに、『私は今まで多くの人間と会いすれ違ってきたが、
この日本人青年は信頼出来ると心から思うーー!』と言ってくれた。
私はパラグワイでの現地調査を請け負う事で老人の信頼に答えたい
と感じた。

私からマリオに握手の手を差し出して『明日の朝、8時の時間は
守りますーー』と言った。 私は老人と握手をすると再会を約して
別れた。

ルーカスとタクシーを拾うとアパートに帰って来た。ルーカスの
犬が喜んで迎えてくれ、私は駐車場に行くと管理人を尋ね、かな
りの金を握らせて管理人事務所横の日陰の安全な場所に移動して
良いか訊ねた。管理人は喜んで、引き受けてくれた。

そして『しばらく休暇で遊んで来ると言った-ー』トラックの
カギを渡して、それからアバスト市場の仲買事務所に行き、
『休暇はパラグワイの日本人移住地を訪ねる-ー』と話して、
8日間の予定で行くと伝えておいた。

これで明日の全ての用意が出来た。

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