2012年7月1日日曜日

死の天使を撃て!

第2話、『ブエノスに遠い国から来た狼達』

(11)誘惑の供与

かなり酔って来て、テーブルの賑やかさは久しぶりの寛ぎとなった。
サルタの農場では毎日が激しい労働で、稼いだ金も使う事がなかっ
た。言葉を返すと使う場所さえ無かった。

食事はタダ、車はトラックであったが使い放題、燃料もドラム缶か
ら使い放題、金が出ることは無かった。
女を抱きたかったら、声さえ掛ければインジオの若いまだ17歳ぐら
いの、彼女達に言わせると、「結婚適齢期」だそうで、直ぐにデート
が出来た。
私も若かった時代で、金にも困る事もなく、インジオの若い女性から
見たら、同じ黒髪で顔付きも殆ど同じ感じがする、日本人の真面目な
働き者が独身でいたら興味があるのは私だけは無かった。

彼女達も私以上に興味を示していた。そんな事で男女の事に関して
は困る事は無かった。
しかしここのクラブは飛び切りの上玉が居て、こちらが気押されする
ほどの綺麗どころが居たから、それとまったく雰囲気がそこらの飲み
屋の感じのバーとは、比較が出来ない様な高級感が有り、バンドの生
演奏もその事を盛り上げていた。

程よく飲んで騒いで、小柄な金髪の若い女を側に寄せて、ダンスをし
ていた。陳氏も踊っていた。
だいぶ遅くなって陳氏が小声で「そろそろ外に出ようか」と誘って来
た。
マリオと言った中年の男もうなずいていた。
マリオが「これから俺の家で飲みなおす」と言って、若い女を連れて
私達を呼んだ。 私も陳氏も若い白人の女を連れて外に出た。

そこには高級車が待っていた。マリオが慣れたそぶりで女を抱きかか
える様にして乗りこみ、私達を手招きして呼んでくれた。

どこをどう走ったかは覚えてはいなかった。しかし高級住宅街のどこ
かで降りて部屋数の多い家で、脇に女を抱いてレコードを掛けて静かに
飲んで居た。
気がついたら陳氏もマリオも居なかった。窓が開いていたがそれを閉め
ると、側に金髪の女を引き寄せて胸に手を入れた。

大きな乳房が身体に似合わずブラジャーの中で小さく収まっていた。
邪魔な物を取り去り後は自由になったふくらみが、手の中で収まらない
大きさに膨れていた。
私はそれからは、若い男の奔放な本能を押える事が出来ずに、金髪の女
を身体の下に押さえ込んでいた。翌朝までの時間が凄く短い時間に感じ
た。
トロトロと寝て居た様だ、目が覚めた時は女は居なかった。
シャワーを浴びて外に出ると、着替えの下着が置いて有った。
着替えて廊下に出ると美味しいコーヒーの香りがして来た。音楽も聞え
ていた。

タンゴのリズムがして、そこにマリオと陳氏が居た。
イスを進めてくれ、コーヒーを注いでくれた。
果物とトーストにジャムを付けて出してくれ、昨夜のことなど何も無か
った様にして話を始めた。 


(12)抹殺の依頼、

私はコーヒーカップを手に庭を眺めていた。
小さな庭でも綺麗な花壇が作られて、季節の花が咲き乱れていた。

私は話しを遮り綺麗な花の名前を聞いた。ランの一種と教えてくれた。
その時、フトー! 父親の言葉を思い出していた。

『飲ませ、食わせ、抱かして、掴ませる時は注意してあたれ』と父が南米
に出かける時に、送別会の席で教えてくれた事を思い出していた。

今逃げ出すと必ずトラブルを巻き起こすと感じた。テーブルに戻り座りな
おすと、コーヒーを再度注ぎ多すと真剣に話しを聞くふりをして聞いてい
た。マリオが主導で話しをして来た。

『端的に言うと、一人の人間をこの地上から抹殺したい、幾多の怨念を晴
らす為に!』と言葉短く言った。

私は彼の言葉を遮り『難しい事や、理屈は要らないーー!』と語気を強め
て言った。
『そなん事には巻き込まれたくは無い』と言ってマリオの顔を見た。
側で陳氏が黙って見ていた。

しかし、無言の圧力が有った。

陳氏は『私では出来ないことだ、やれるのは貴方だけだ。』と言った。
『是非お願したいーー!』と、もう一度口を挟んだ。

話し方は丁重で真面目に頼んでいる感じで、私も興味が少し湧いてきて、
『抹殺の標的の名前やその前歴は聞きたくないが、場所はどこかーー!』
と聞いた。

マリオがゆっくりと話し始めた。

『場所はパラグワイとブラジルとアルゼンチンのパラナ河三角地帯の
国境付近で、現場はパラグワイ日本人の入植地域でアルトパラナから
少しイグアスの方に上がった場所だ。多分そこに今も住んで居ると思
うーー!』と彼は答えた。

『それだから射撃の腕が上手で、日本語を話し、百姓の強烈な個性を持
っている日に焼けて、筋骨隆々たる若者でなければ現場に近ずくことは
出来ない、誰もその条件を持っている人間は居ない、だいぶ捜したが一
人も居なかった。』とそう話すと私ににじり寄って来て、

『その標的にわたしの家族も親戚も全部殺されたから・・、そして幾多
の同胞がそいつの為に死んでいった。』

彼の目が潤んで泣きそうな顔になっていた。

私は言葉少なくーー、『ただの復讐ならご免こうむる・・!』ときっぱ
りと言い切った。

彼はハンカチで目頭を拭くと、『貴方は若いから・・、そしてアジア人
で、ユダヤ人の歴史も、迫害の歴史も、流浪の歴史も、何も教えては貰
う事無く日本を出て、南米の人種のルツボの中に入って来た人だ。』

彼は少し私を責める様に話して来た。

少し本では読んだ事は有るが、どこか遠い所の出来事で、私には関係な
いと言う心が強かった。
それと言うのも私の家系はお寺が先祖で、長男しか家を継がないから、
後は普通の一般市民としてサラリーマンとして生きて来たのであるが、

教えは『慈悲の心で、施しと寛容の精神』を祖母の時代から教えられて
いた。
『三つ子の心、百までも・・!』で、それを捨てることは出来なかった。

『復讐が復讐を呼び、殺し合う事が有意義か、未来の糧になるのか、
疑問が湧いてきた。』

江戸時代の敵討ちの免許状を持っての時代ではない、私は何を根拠で
抹殺ーー!暗殺ーー!するのかマリオに問いただした。

彼は黙ってしまった。

しばらく無言の時間が流れた。
その無言の時間は殺気となって私に感じた。

この家を承諾なしに出るとなれば、私の命にも関る事になると、その場
の雰囲気を肌で感じた。

0 件のコメント:

コメントを投稿

登録 コメントの投稿 [Atom]

<< ホーム