2012年6月29日金曜日

死の天使を撃て!

第2話、『ブエノスに遠い国から来た狼達』

  (9)3万ドルの仕事、

その日、だいぶ遅くなって帰って来た。
陳氏の車から降りてルーカスの兄弟が住んでいるアパートに来ると、犬が外
で尻尾を振って待っていた。
ルーカスも直ぐに外に出てくると「丁度良い時に帰って来た」と言って部屋
に案内して、夕食のテーブルに座らしてくれた。

兄弟とそろつて食事が始まり、話しが弾んで尽きなかった。私が射撃競技で
貰った拳銃は皆も垂涎の的で、その精巧な作りは誰が見ても、腕の良い職
人が仕事をしていると感じていた。

クルミ材の箱に入れられた拳銃は、私のそれからの長い間の護身用として、
私の身を守ってくれた。
兄弟の一人が靴屋で職人として仕事をしていたので、直ぐに拳銃を入れるホ
ルスターを寸法を合わして作ってくれた。

私のベルトに差して、簡単に抜ける様に工夫してくれ、弾を入れるシリンダ
ーが少し大き目だったので、丁度良いものをデザインしてくれ、ピッタリと
合うサイズは私も嬉しくなった。

お客の注文で何度も作った事があると話していたが、慣れた手つきが職人の
腕の良さを見せた。拳銃は普通、口径の大きい物は6発入りのシリンダー
の弾倉が普通であったが、口径の小さい物で、8発が限度であった。

しかし口径が小さいながら10発のシリンダー弾倉とは私も驚いていた。
自動拳銃では沢山有るが、シリンダー弾倉では珍しく、この事が後で私の
命を救う事になった。
それと22口径の普通の弾はどこでも安く買え、練習するのには最適で有っ
た。その夜、遅くまで話していた。眠くなりルーカスに用意された部屋で私
のベッドも入れた有ったので、そこで寝込んでしまった。

翌日、目を覚ますと兄弟達はすでに仕事に出かけていた。ルーカスと顔を洗
い、犬を連れてアバスト市場の近くのカフェーに行った。
ゆっくりと朝のコーヒーを楽しみ、暖かいクロワッサンを食べた。食事の
後、仲買人の事務所に寄り情報を聞いたが、トマトの値段が下がったので、
サルタからの出荷は採算が合わなくなったから近所の都市に卸すと電報が来
ていた。
おかげであわてて帰る事は無くなった。食後仲買人と話して、その後車庫に
戻りトラックを洗車した。ルーカスと二人で丁寧に洗った。

洗車が済んで空箱を積みに行った。ランチの時間まで全部終り、シートを
被せて全ての梱包をしてしまった。
後はエンジンを掛けるといつでもサルタに帰還することが出来る、しばら
くはブエノスで息抜きをしてからサルタには帰る事にしていた。

その夕方、ルーカスを日本食に誘った。彼は生魚と聞いただけで、
「勘弁してくれーー!」と降参してきた。私は早目に夕食を日本人会館の
食堂でして、それから登美ちゃんが居るバーで飲むと考えていた。

会館食堂ではひさしぶり、刺身定食とお代りの味噌汁が美味しかった。
食後は私が行き付けのイタリアン、レストランに行き、そこでコニャック
とコーヒーを注文して、歩道のテーブルで飲んで居た。

小さな二人掛けのテーブルで、イスも2個しかなかった。コニャックを半
分ぐらい飲んだ頃に、誰か無言でテーブルに来て座った。
彼は中年の物静かな男の感じがして、廻りの景色に溶け混んで目立たない
感じの風体であった。

彼も私と同じものを注文して、しばらくは無言で私の顔を見ていた。テー
ブルにコーヒーとコニャックが来ると、私に「乾杯~!」と言って飲み始
めた。
彼は私の仕事を聞いてきたが、言葉巧みに近寄って来る話術は心を引き付
ける感じがした。彼はしばらく話して、私に「良い仕事が有るのだけれど
ーー!」切り出してきた。
私が何の仕事かと質問すると、ひとこと「米ドルで3万になるー!」と答
えた。 


(10)マリオと言う男の誘い、

その当時3万ドルとは、チョイ小さな農場がブエノスの郊外で買える金額
であった。「話だけは聞いておきましょうーー」と鼻先であしらい、相手
にしなかった。

その当時、ざらにある話では無いが、聞いただけで何か危ない感じが本能
的にして来た。
相手は話の腰を折る事無く、今度は話題を変えて来た。穏やかな物腰に、
少しアクセントが英語交じりのスペイン語を話していた。
話す言葉は私よりずっと上手で、品の良い中年の感じが溢れていた。

きちんとした服装で、私の田舎じみた百姓風体の感じとはかけ離れ、チョッ
と紳士の雰囲気を持ち、何をして居るか皆目分からなかった。

手は綺麗で、爪も磨いて有りネクタイも上品なタイピンを付けて服装は隙
が無かった。しかし薄い背広の肩に何か近くで見ると、拳銃のホルスターの
バンドの線が微かに浮き出ている感じを受けた。
彼は右効きの腕だから、左肩の下に微か脇のふくらみも感じ、私は直感で
拳銃を肩に提げていると思った。知らん顔であいまいな返事を返していた。

私の現在の武装は小型の折りたたみのポケットナイフと、ルーカスが呉れ
たボールペンの先に仕込んだ小さな爪であったが、これで相手の皮膚を引
っ掻くと2分ぐらいでそこがしびれて、しばらくはマヒしてしまうと言う、
毒蛇の毒牙の先で有った。

洋服の上から刺してもかなり効果があるとルーカスが話していたが、彼等
はそれを狩猟の吹き矢の先に仕込むか、弓矢の先にその毒を塗っていた。

私はブエノスで危険な事は起らないと思っていたので、何も銃器は所持し
てはいなかった。
トラック座席の下の隠し場所にはいつもの拳銃が入れて有り、後ろのトラ
ックの簡易ベッドの下には散弾銃がいつも収納してあった。

射撃競技で貰った拳銃もトラックの隠し場所入れておいた。
話が途切れ途切れになり、私が興味を示さないので、相手も困っている感
じがしていた。

相手は私を逃さない様に、今度はかなり下がった女の話を持ち出して来た。
私も若くかなり興味がある話で、金髪の腰のしまつた小柄な女が相手をし
てくれる、高級バーの話をしてくれた。

私も登美ちゃんを訪ねる予定をしていたので、乗り気になった。
しかし見も知らない男に付いて行くのは危険と感じ、用心していたが、陳
氏の名前を出して来て、彼も呼ぶからといきなり切り出して、側の公衆電
話に立ち、ダイヤルしていた。

陳氏に繋がった様で、私を手招きして受話器を差し出した。
受話器の中で陳氏の声がして、「心配しないでーー!俺も直ぐにそこに行
くから」と誘ってきた。
少し安心感が湧いて来た。コニャックを飲み干す頃に、陳氏がタクシーで
乗り付けて来た。
陳氏は車から手招きして我々を座席に呼んだ。陳氏は笑顔で話し出すと、
「こいつはスケベ-だからーー!」といきなり切り出して、今夜の行き先
を話してくれた。

着いた所はかなり静かな品の良い店が並ぶ高級住宅街に近い、レストラン
やカフェーなどが並ぶ一角で、何か会員制のクラブの感じがしていた。
ボーイが厚いドアを開けると、中は豪華な感じの造りで、生演奏のバンド
が聞えていた。
若い綺麗な白人の女が側によって来て座席に案内してくれた。
私も初めて来た豪華なクラブであった。座席に座って初めて中年の男が
自己紹介してくれた。

マリオと言った。ウソか真かは知らないが穀物ブローカーと言った。
そなん事はウソと感じたが何か紳士の中にドスの効いた何かが有った。
その夜はしばらくぶりに気楽に飲んで、羽目を外していた。

相手も少し私を信用して何か話したい感じであった。しかし、若い白人の
女が中年の男に抱きついて騒いでいた時に若い女が「ぎょーー!」とした
そぶりをしたのを見逃さなかった。
肩に吊るした拳銃に触れたと思った。

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