2012年6月27日水曜日

死の天使を撃て!

第2話、『ブエノスに遠い国から来た狼達』


 (7)射撃競技開始、

私はしばらく後ろで見ていた。
やはり自分のライフルを持参して来ている人は上手だった。
標的に命中させてかなりの点を稼いでいた。

それと横風の吹く時は標的から外れていたので、セスナの格納庫が有
る横の赤と白の吹流しを見ていると、風の強さが直ぐに判断出来た。

見ていて、早くも5発を撃ち尽くしてしまった人も居た。慎重に時間
を掛けて一つ、一つ撃っている人も居た。私は狩猟にはない標的射撃
のコツを見ていた。

動かない的であったが、微妙な神経の居る射撃で、真中の黒点の10
と9を撃抜く事は容易ではなかった。
初めの5人は終り、土手に赤旗が上がり使用人が標的の紙を直ぐに回
収してきた。
新しい標的が貼られ、そこで小休止となった。

各自の標的が集計されて、最高は50点満点で42点であった。次ぎ
のお客が並んでベンチに座った。
その中に私とオーナーがいたが、私はマウサーのライフルを使って撃
つ事にしていた。

弾が各自に配られ、ボルトを開けて弾を5発入れた。最初の弾は慎重
に狙い、横風を吹流しでにらみながら、風が止った一瞬を狙って先ず
第一の引き金を引いて、次ぎの2回目を軽く指先で触って発射した。
微妙なタイミングが合って、ド真中の10点から少しずれて9点に入
った。

私は少し自信がついて落ちついて来た。着点は後ろで誰れかが見てい
て、撃つと直ぐに教えてくれた。
望遠鏡でのぞいている人も興味が有るらしくて、私の射撃をジッと眺
めていた。
次ぎの弾をボルトを引いて、空薬莢を排出して装填した。

標的に狙いを付けて、軽く一番前の引き金を引いて、一瞬の風の微妙
な流れを見ていた。横風が強く吹いて、その一瞬の波の間で撃った。

後ろで『10点、真中に命中~!』と声を掛けてくれた。

次ぎも同じ動作をして、風を待った。しばらく間がありその時後ろに
沢山の人の視線を感じた。三発を発射して残っているのは私が最後であ
った。
後の人はすでに5発を撃ち終わり見ていた様であった。
ここのオーナーも側で見ていた。
私はすっかり無我の境地で残りを撃った。側に誰が居るのかも感じな
かった。撃ち終わってボルトを引き空薬莢を出して、休止の動作で、
ボルトを開いたままライフルをテーブルに置いた。

直ぐに使用人が標的を持ってきた。真中、10点を3個も穴を開けて
いた。オーナーが近寄り、スコープも付けずに良く命中させたと驚いて
いた。あとの2発は9点の所に命中していた。
全て黒点の中で、私の視力が良いことも有ったが、日頃からライフル
射撃に慣れて居たからであった。

私が南米に移住する時に、田舎の故郷に里帰りした時に近所の昔、中野
学校出身で特務員でマレーシア半島で活動していた人がいた。

連合軍の英国諜報部の摘発をしていた人であった。彼は実戦の経験も
沢山あり、襲撃した時、反撃されて激しい撃ち合いをして、最後は軽
機関銃で敵の諜報員を射殺して戦後はモンテンルパの刑務所に居た事
も有る人であった。

私に拳銃の射撃の要領や、ライフルの撃ち方を空気銃で教えてくれた
人でもあった。
彼は実戦での接近戦や、至近距離での拳銃の射撃の仕方を夕食の後、
夏の夜長を縁台で聞かしてくれた。

彼はその当時も剣道は欠かさず4段の腕で、空手と合気道も逮捕術の
稽古で習って、段を持っていた様であった。
私はその事が後になってどれだけ役に立ったか知れなかった。
有り難い教授であった。

普通の人はその様な特技などは無縁で、ただ実戦での身で覚え、自分
の命を賭けて戦った経験で学んだ人の教えは貴重であった。
その事が私の一つしかない命を守る事にもなったと思っている。

その時、射撃が一段落して、休憩が告げられて、コーヒーの盆が運ば
れて来た。各自コーヒーカップを取り、今の射撃の反省をして話して
いた。オーナーが近ずき私に話しかけて来た。

『今日の射撃は貴方と私が同点だーー!もう一度競技して、一番を決
め様ではないか』と話してきた。
私は賛成して貴方と競技するにあたって、何か賭けないかと誘った。

即座に了承してくれた。私は先ほどから目を付けていた、22口径の
レボルバーの拳銃が欲しかった。
特注品で10連発の弾が撃てる様に改良してあった。
競技用の22口径の弾を使えばかなり精密な射撃が出来た。
見ただけで欲しくなっていた物であった。

どこかの銃工が製作したと聞いたが、標的を狙う星門の照準は特注品
が取りつけてあり、とても私などは注文出来ない品であった。
オーナーはあっさりと了解してくれ、お前は何を賭けるか聞いて来た。
私は持ち金の2万ペソをテーブルに置いた。田舎では半年の稼ぎであ
った。
オーナーは笑いながら、『俺が損をする~!』と言ながら、使用人に
屋敷から持ってこさせた。

テーブルに金と拳銃が置かれ、私とオーナーがコーヒーで乾杯して、
射撃競技が始まった。
オーナーは自分の愛用のライフルを手に、私はマウサーを手にして
いた。


 (8)標的の黒点狙撃、

オーナーは公平を規すためにコインを投げて席を決め、射撃順を定
めた。弾は各5発を側の人が無作為で選んで渡してくれた。

私は希望して銃身の内部をクリニングのブラシを通し、掃除して真
新しい布を通して磨き上げた。
ボルトを抜いて空にかざして銃身内部を覗いて、光る穿孔の溝を確
かめた。私は負けたくはなかったから、マイナスになる要素は除い
ておきたかった。オーナーが感心して見ていた。

最初にオーナーが撃ち始めた。皆は『シーン!』として注目して、
標的と射手を交互に眺めていた。

セキをする人も無かった。緊張が張り詰めて、私は少し心に
『キユーン!』とこみ上げるものが有った。
風向きを吹流しで睨みながら、そのタイミングを計っていた。
オーナーが最初の一発を撃ち、9点の黒点を撃ち抜いた。

私は最初の引きがねを引き、次ぎを風の間合いを見て、次の引き金
に軽く指をかけていた。
吹流しがストンと落ち、風が瞬間途切れた間合いを逃さなかった。 
引き金を引いた。

『ド~ン!』と言う銃声が終ると同時に、『命中、10点ー!』と
言う声が後ろでした。

オーナーのフーと言う声が小さく聞えた様だ。
次ぎはオーナーが狙っていた。私が10点の黒点を撃ち抜いた事で
動揺した様だ。

かなり風が強くなって来て、風が止む事無しに吹き始めた。
吹流しが真横になびいていた。
かなり難しい射撃となった。

100mでも横風で弾がかなり流されるから、難しい標準をしな
くてはならなかった。
オーナーが狙った的にかなり時間を掛けているのが分かった。
風の強さを計っている様だ。

しかし余り時間を掛けると、神経と指の間合いがずれて、張り詰
めた目の集中力が落ちてくる。
私はこの時勝ったと思った。

オーナーは私よりお酒をよけいに飲んで居たし、来客の前で日頃
からの射撃の腕を自慢していたから、若造の私に追われて、かな
りのストレスが有った様だ。

私は面子も無し、気楽で、賭けに敗れても2万ペソで済む。
その時、オーナーが撃った。

『ドーン!』と風に遮られた音だ。直ぐに『8点ーー!』とそれ
だけ誰かが後ろで
声を出した。

私は直ぐにボルトを引き弾を装填した。あとは何も考えなかった。
風を見て、真横になびく吹流しを見て、ド真中の直ぐ左の8と9
の境あたりを狙い付けて風を計算に入れて撃った。

発射音が消えると同時に『9点、黒点に命中ーー!』と声を掛け
てくれた。
私は小声で右か左か聞いた。

右の9点だと教えてくれた。
やはり私が思ったより風が強かった様だ。

流されているーー!風が左側から真横に吹いている、後は運を天
に任して、推測して照準するしかないと思った。風がますます強
くなって来た。

オーナーは空を見上げて、雲の流れを見て溜め息をついた。
「ますます風は強くなりそうだーー!」と言うとベンチに座り直
すと、ボルトを引いて弾を装填して台尻を肩に当てた。

かなり時間が掛ったが次ぎを発射した。『9点、黒点に入る!』
と声がした。

私は弾を装填して今度はあまり時間を掛けなかった。
風はますます強くなり、真横からのパンパの草原を横殴りで吹く
強い風だ。

左の8点の線を見て、二度目の引き金を軽く引いた。
風に流されて音が小さく聞えた。

それと同時に『10点、ド真中に命中~!』と声がすると、後ろ
でどよめきが起きた。
その後は『シーン~!』と声一つ無かった。

風の音だけが聞えてオーナーが狙う標的を皆が凝視していた様だ。
次ぎが発射され後ろで『7点、外れ~!』と言った。

おそらく7点と6点の境を撃ち抜いた様だ、その声と同時に私は
これで心がスーッと落ちつき、間違い無く勝ったと感じた。

弾を装填するボルトを引く手が軽かった。
今度は風の強さが分かっていたので、狙いは短かかった。
余り神経を使うことなく軽く引き金を引いた。

それが良かった様だ、後ろで『今度もド真中~!10点ーー!』
と声がした。今度は拍手が起り、『ブラボー』と声が掛った。

直ぐに静かになり最後の弾の発射を待った。
風は止む事も無くますます強さを増して来た。
オーナが最後の弾で狙って撃ったが、7点を撃ち抜いたのに留
まった。

私は最後も余り時間は掛けなかった。風がますます横殴りに吹い
てきたから、前と同じに冷静に引き金を引いた。

『9点、黒点命中~!』と声がして、後ろで拍手と歓声が上が
ったが、オーナーも側に来て握手してくれた。

私が一回り若く、視力は抜群で、酒も飲んでいなかった事で差
がそれだけ有った様だ。
私は直ぐにクリニングオイルで銃身の中を掃除していた。
来客が私に握手をして来た。陳氏もお祝いを言ってくれた。

そして『すげ~射撃の腕をしているーー!』と驚いていたが、
オーナーは直ぐに皆の前で、私に約束の拳銃を渡してくれ、
『大切に使ってくれーー!』と言った。
そして『どうせなら弾も貴方にあげましょう』と話してくれた。

使用人がライフルをかたずけて掃除を始めた。
皆はそろって屋敷に戻り、シャンパンを開けて私を祝ってく
れた。

オーナーは賞金とレミントンのマグナム22口径の弾、50
発入りを4箱付けてくれた。飾り箱に入れた拳銃は掃除道具の
セットも付いて、豪華な物であった。

しかしこの射撃大会での競技で優勝した事が、私の災難の始ま
りであったが、その時は私は何も感じては居なかった。

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