2012年3月31日土曜日

私の還暦過去帳(211)


だいぶ前のことです。もう47年以上も前になります。
私がアルゼンチン北部のサルタ州、エンバルカションの町の郊外で
トマトを主体に蔬菜栽培の支配人をしていた時代でした。
町には雨季の雨が降り出して山道を通行出来ない時を除いて、
殆ど毎日の様に、誰かが町に用事や買い物で出かけていました。

長く町にかよう様になって、そこの町で一番大きなパン屋が、トルコ
から移民の2世と言うことを知りました。歳は中年過ぎと感じました
が気さくに商売をして、繁盛していた様でした。
パン屋の隣は、同じくそのオーナーが所有する呉服屋が有り、そちら
が初めに開店した様でした。トルコ人達が得意とする商売と町では
噂していましたが、若い頃に一度、狩猟に一人で出て、道に迷い

死ぬほどジャングルの恐怖と、飢餓、水を飲めない脱水症状で死の
一歩を歩き出して、奇跡的に救助されたと言う経歴の持ち主でした。
その事はめったに口に出す事は無くて、物静かにいつもパン屋の店頭
に居ましたが、一日遅れの古いパンを、インジオに格安で売ったり、
物乞いのインジオが来ると、型が欠けたパンや、少し焼け焦げたパン
を分け与えているのを何度も見ました。

一度、近所のパンをまとめてパン屋に取りに行ったら、量が多くてま
だ釜から出てこなくて『しばらく待ってくれ・・・』と言うことで、
中庭に案内されて、マテ茶を接待されました。その時に私が狩猟と魚
釣りに誘うと笑いながら『私は神に誓って絶対に行かないと決めて居
るから』と言われました。彼が神に誓ってまでの生涯通しての誓いと

は、極限までの状態に追い込まれて、乾燥期のジャングルで、水も飲
み尽くして、舌が腫れるぐらいの乾きを経験し、自分の尿まで飲み尽
くしても渇きが止まらない、身体中の血液が沸騰する感じのすさまじ
さを経験して、彼がライフルも、山刀も全て捨て去り、身に付けてい
る物は、水筒だけの状態でさ迷い、シャツも木の下枝でボロボロにな
り、破けて切り傷だらけで、滲んだ自分の血液さえ舐めたと話してい
ました。

彼はこれで最後と感じて、意識が朦朧として気力で地面に膝を付いて
両手で身体を支えて、最後の力を振り絞って神に祈ったと言っていま
した。その時に彼が神に誓った言葉の中に『生きて帰れたら生涯通し
て、殺生をしない、神に感謝の心で、この世の中の貧しい人に施しを
する』と誓った様でした。そしてそれを生還して実行していたのでし
た。

彼はパン屋を開いたのも、貧しいインジオ達に一番施しの出来るパン
を考えて作っていました。彼が極限まで追い詰められ、そこで悟り、
神にすがり誓い、実行している真剣な行動は私の心にも感じました。
めったに話さない彼でしたが、彼がなぜ私に話したかは知りません。

彼は最後の気力を振り絞り、神に祈り、誓い、そして意識を失ったと
言っていました。薄れ行く意識の中で神を感じたと言っていましたが、
遠くで犬の吼える声を聞いても、声も出すことが出来ずに倒れていた
そうですが、捜索に来たインジオの犬達が見つけ出してくれ、皮袋の
水をキチガイの様に飲み、ラバに乗せられて連れ戻されたと言ってい
ました。

私は一度、カトリックかモスラムか、何の神様に誓いをしたか聞きた
かったのでしたが、チャンスは有りませんでした。

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