2012年3月13日火曜日

私の還暦過去帳(194)

今日は旅のお話はお休みして、昔の今日と同じ様な季節を思い出して
昔話を書いています。

今日のサンフランシスコ郊外は爽やかな初夏の感じが溢れて清々しい、
心地良い風が吹いています。私の裏庭百姓仕事も順調で、毎日、新鮮
なキューリを食べています、かなり今年は長雨で、植え付けなどが遅
れましたが、その後の陽気が回復して平年作となり、遅れを取り戻し
ています。トマトのお花も沢山咲いて一番下には小さな実が付いてい
ます、葉の幅広いニラは柔らかくて、おしたしにして、ピリ辛の味付
けで韓国風の一品となっています。

今日のお話はこの青空を思い出して、季節的に同じ時期でしたが、
アルゼンチン、サルタ州の農場に居た時代でした。かれこれ45年
前となります、当時そのエンバルカションの町に、ボリビアから来た
日本人の無銭旅行者が滞在していました。彼は凄くその町が気に入り
しばらく滞在して、次ぎの旅行資金を蓄えていましたので、町に

住んで居た日本人が土地を無料で貸して、トマト栽培をさせていまし
た。トマトの苗から農作業の道具まで全て与えて、収穫したトマトは
その方が引き取り、現金を支払っていました。
日本の横須賀造船所で溶接工をしていただけに、プロの技術を持って
いました。農機具の修理や簡単なリヤカーなど自分で制作して収穫時
期に大変に喜ばれていました。

ある日私がトマトを町の集積所に持って行き、帰りに彼の小さな農場
の小屋に寄ると、なんだか彼の様子がおかしいのです、落ちつかなく、
そわそわとしていますので、見ると彼の手がドロドロに汚れて服にも
血痕が付着しているのが分りました。

私は一瞬、『誰かを殺したか?』と疑りました。私が余りジロジロ見
るので、観念したのか教えてくれました。昨夜遅くに隣りの農場の
ラバが自分の畑に進入してきて、畑の野菜とトマトを荒し始めてかな
り食べていると感じて、用心の為に持っていた拳銃で、ラバの耳先を
狙って威嚇射撃をしたら、ラバが、ひょいと首を上げたので耳の急所
に命中して即死に近い状態で死んでしまったと教えてくれました。

それには驚きました。廻りには誰も居なくて死骸を動かすのにも、重
くてとても一人ではどうしょうも無い状態で、夜が明ければ直ぐに隣
りの農場から見られる事は間違いありませんから、慌てた彼は夜間に
死骸を移動するにも、近所にトラックも農作業のトラックターも無か
ったので、手元に有る『オノと山刀』で切断し、死骸を処理して、土
の柔らかい所に掘った穴に全部埋めてしまったと話してれました。

話を聞いて現場を見に行きましたが全てを処理してあり、痕跡も殆ど
分りませんでした。微かに血痕の染みらしい土があるだけで、見事に
隠してありました。かなり大きなラバを切り刻んで処理したとは、夜
間に一睡もしなくて、その作業に没頭していた彼の姿を想像して、驚
いていました。

当時の農場はラバを使用する時以外は、自由に放して放置していまし
た。彼等ラバ達は餌を探して群れを作り生きていました。ラバに付け
れれた焼印だけが所有者の印ですが、殺したりすると厄介な事件とな
り昔からの習慣でそのような放牧は違法では有りませんから、かなり
の賠償金と罰金を取られる事は間違い無い事で、彼が慌てて死骸を隠
匿して埋めてしまったと思います。

それにしても、南米を無銭旅行していた若者を当時でも沢山見たり、
知って居ますが、彼みたいに行動力と忍耐と実行力が備えていた若者
は余り見かけませんでした。今もどこかで元気に生きていると確信し
ています。今日の青空を見ていて、その日も同じ様な青空だった事を
思い出します。

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