2011年11月27日日曜日

私の還暦過去帳(101)

私がインドの気候を書くと、何か巨大なインド象の尻尾の先を握って、
これがインドの気候ですと話している様なもので、チョイと、様に成り
ませんが、全体を概略で書いて置きます。

それからデリーの地下鉄は全然動いていないわけでは無く、一部 分が
やっと開通して、試験的と言う感じで動いています、全線開通は あと
2年以上はかかると聞きました。

人口900万人以上の大都会で は、残された空間は地下だけですから、
デリー市内を見物中はあちこ ちで地下鉄工事の現場に行き合わせまし
た。デリー市民も早く開通 して欲しいと話していましたが、それだけ
首都交通が混雑しているからと感じます。

特に北部インドは、3月末から6月頃の雨季に入るまでが一年で一番
気温が上がり、暑くなると聞きました。
その頃はデリ ーでも40℃台は珍しくは無いとの事、何せ暑い感じで
す。北西部の砂漠地帯では50℃も上がる気温が珍しくはないとー!
恐れ入ります~!

インドでは11月から2月までが乾季で、快晴が続き旅行には快適と
感じます、雨季は6月から10月頃までが雨降りに時期で、時には
モンスーンの影響で大雨が降るようです、大英帝国植民地時代の
イギリス人達は暑さに弱く、避暑地として開発した東インドのダージ
リン や、北インドの山岳部、南インドではウーチィなどが有名です。

しかし昔のイギリス植民地のインドに派遣された英国官使も熱帯医学
など、それから予防医学などが無かった時代、灼熱のインドの気候で
多くのイギリス人達がインドの土に成っています。

ムンバイ(ボンベイ)の町の片隅 の墓で、イギリス人達が寄り添う様に
並んでいる写真を見ました。 沢山の子供の墓が有り、幼い子供が犠牲
になったと感じます。

この事はアメリカでも、ボストンの町外れのボストン河口の港町で見
ました。 私は昔、『バンカー.ヒルの戦いー!』と良く形容された
事の意味が分りませんでした。

ボストン河口の港を見下ろす墓地の丘が『バンカー.ヒル』と言う名前
の丘でした。私の娘が案内して くれたのですが、夕方の小雨が降りそ
うな時間で静かな墓地に、簡単な名前と年月日を鉄平石に刻んだ墓 石
が寒々と並んで、1750年台の昔のイギリス人達が故郷から到着した
港を見下ろす丘に眠っているのを見て、インドでも同じく故郷から到着
した 港の近くに眠っていると感じました。

ボストンの墓場でも子供達、幼児の墓 が多かったのを覚えています。
インドでは暑さと、慣れない気候で疫病に掛り、話ではマラリアや赤痢
など日常で、コレラなども時には大発生したと聞きました。  

次回は象のタクシーに付いて書きます、乗車した事が有りますか?

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