2011年10月1日土曜日

私の還暦過去帳(64)

 
この話は前回の続きです、
       (下)

私が「今日は、健ちゃんの板前さんで刺身と寿司でに皆さんを驚かそう
と思っています」と言うと、鈴木氏は私の顔を見るなり涙ぐんだ目で
「有り難うーー!、有り難うーー!」と繰り返している。奥さんは止め
られない衝動なのか大城氏の電話を借りて、早速に皆に電話している。

その弾んだ声の中で「刺身~!刺身~!マグロのトロの刺身~!鉄火巻
き~!」と言う声が家中に響いている。電話のある家に全部かけ終える
と早速近所の子供を呼び、電話の無い家に手紙を持たせて自転車を走ら
せた。そして遠くて子供が行けない家にはタクシーを呼ぶと運転手に手

紙を持たせて、そして強く「何がなんでも、必ず連れて来なさい。おば
あちゃんには首に縄をかけても乗せて来てくれーー」と何度も、何度も
頼んでいる。そして「今日は全員集合、日本人会はじまって以来の重大
ニユース~!」と一人でハッスルしている。

大城氏の奥さんが寿司用にパタパタと団扇で寿司米を冷やしている。健
ちゃんが「あと30分であらかた用意が出来るよ~!」と言った。
彼は寿司用にアナゴの焼いた物、数の子など色々と持参し、寿司のネタ

には困らないと満足気。午後二時、時間より少々早めに金城氏夫妻がや
って来た。大城氏のクーラーの効いたホールに飾り付けられた刺身を見
るなり、金城氏は「ホ~!」と溜め息をつくなりポロポロと涙を流して
いる。

同じく奥さんも「私が神戸を出航する時、兄にその前日食べ納めと言っ
て御馳走してもらったきりーーー」と感慨深氣に言う。大皿の大鯛の姿
盛りを見て、これが自分の80歳のお祝いの為と聞くなり、両手を合わ

せて合掌している。ドヤドヤと皆が店に駆け込んで来た。ホールの中に
飾り付けられた刺身の数々を見ると『ウーオ~!』と言うなり言葉を無
くす者、涙する者、大変な騒ぎになった。

私は幹事として皆を鎮め、金城氏に新年の万歳の音頭を頼んだ。庭の外
に追い出されて居る子供も揃い、「日本国バンザイ~!、亜国バンザイ
~!、天皇陛下バンザイ~!」と、金城氏の挨拶が済むと、後はギラギ

ラした皆の目を感じながら、私が金城氏に頼んで刺身に箸をつけてもら
った。そして月桂冠の酒をグラスに注ぎ回すと健ちゃんに「今日はご苦
労さん~!」と声を掛けた。そして全員で乾杯!、健ちゃんの声で、
「サア~!、ドンドン食べて下さい」と言う声と同時に、ギラギラした

目が老いも若きも無く、箸を握りしめ、獲物に飛び付くように食べ始め
た。私のボスもテーブルの一番前に来て、トロとハマチ、そしてアワビ
を取って来ると、茶碗に白御飯を一杯、大城氏の奥さんについでもらう
と、涙を流しながら食べ始めた。

涙を隠す様に「久ぶりのワサビは効きますね~!」と言う。
「日本の醤油は美味しいーー!」と刺身を泳がせる様にしてトロを口に
入れるボスの奥さん、別のテーブルに有る各自が持って来た正月料理は
箸が付かずに、そのまま誰も食べる人は居なかった。時折子供が皿に取

っている以外は、刺身と寿司の前で動こうとはしなかった。
健ちゃんが握る寿司の手さばきに、皆の目が吸い付いたように動かず、
トロの塊の山があれよあれよと言う間に消えて行った。

私は裏庭に出て見た、16歳になるオラシオが5人ばかりの子供達とア
サードのバーべキュウを見ている。山と残っている焼肉の塊とパンを持
って行って、塀の外に居る5~6名のインジオ達に分けてやった。その
中にはボリビアから出稼ぎに来ている今朝、同じトラックで来たインジ
オも居た。そのインジオに足の悪い老いたマタッコ族のインジオの女に
届ける様に、良く焼けた肉を持たせた。

ホールでは蛇味線が鳴り始めた。酒が心を緩め、美味しい寿司と刺身が
歌を誘い、身体にエネルーギーが満ち溢れて、踊りも飛び出した。口笛
も鳴り、琉球太鼓の音も響いている。

みんな幸福そうな顔、今日は幸せを口にした日かもしれない、その幸せ
が身体の中で爆発している、私も冷酒の月桂冠をコップでグイと飲むと、
踊りの輪の中に飛び込んで行った。

                            
  このお話は00年に、羅府新報に応募した作品からです。
  
  祖国日本を思う時、故郷のふるさとの押寿司や、なれ寿司など思い
  焦がれて食べたくなる時が有ります、たかが寿司と言えどもーー!

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