2011年9月17日土曜日

私の還暦過去帳(53)

前回(52)の続きです。生きる為に、生き残る行為をして男は戦わな
くてはならない時が有りますーー。

犬は必死にカバンを引きずっている。女の声が聞こえる。犬を励まして
いる。

私は犬をめがけて撃った。「ドーン」と言う音がして、土ぼこりが消え
るまで何も見えない、暗くなりかけた荷台の下でじっとしていた。
すると突然、「ヒー!」と言う泣き声ともつかない女の声が聞こえた。
見ると、犬は両足を伸ばしたままベルトを口にして横たわっている。ヤ
ブの中で女が「タシャ、タシャ、」と激しく犬を呼ぶ声がする。すると、
犬は尾をゆっくりと振って答えている。そのうち女のーー、「おいで、

おいでーー、タシャ」と言う泣き声につられるように足をゆっくりと動
かし始めた。しかし、横たはったままでの動きは、何か走っているよう
にも見えた。空を切る足の動きは、私にはもの悲しく切なく、女の泣き
声がいっそう辛いものにした。しかし、犬の動きは必死に走っているよ
うに見え、それからだんだんと、ゆっくりした動きになり、何時の間に
か前足の動きが止まり、後ろ足だけが、かすかに動いている。

その時、ヤブの中から女の姿が見え、それを止めようとする男の影がか
らまった。女は引きずられるように男に連れ戻された。
女の絶叫に近い『タシャ~!』と呼ぶ声がした、犬の尾がゆっくりと、
2~3度動くと、まったく静かになった。ピクリともしなくなった。
私は犬がカバンをくわえたまま、ポッンと横になって死んでいる姿を見
るのが辛くてなった。

私は女がカバンを取りに来ていたら撃っていただろうかと考えた。
ジャングルは、アッと言う間もなく暗くなり、静かになった。
何も見えない、暗い静かな夜が何もかも消してしまった。
ガンをかまえたまま、トラックの荷台の下でじっと砂の中に
横たわっていた。
しばらくすると、唇がヒリヒリするのに気が付いた。

トラックのエンジンが冷えてきたのか、少々寒くなって来た。私はトラ
ックの運転席にある救急箱を取り、エンジンをスタートさせた。
トラックの下は急に賑やかになり、単調なアイドリングの音が静けさを
吹き消した。
救急箱から取り出したアルコールで唇を拭いた。
少々血が出ている、ポケットの中に少し残っていたコカの葉をゆっくり
とかみ出した。

エンジンとマフラーの熱気が顔に伝わってくる。今日のこの時間では誰
も通ることはない。この道で夜を明かすことを決めた。
とても夜道を運転して残り4キロぐらい走る気持ちにはなれなかった。
その前に、トラックの直ぐ近くに転がっているMIカービンを地面を這
ったまま取りに行った。荷台の下の工具箱の中にある、シートを引きず
り出し、砂の中で二丁のガンを手に、シートにくるまって単調なアイド
リングの音を聞いていた。

夜に入り、ジャングルに風が吹き出して、木々の枝が女の泣き声のよう
に鳴り出した。いつの間にか、昨日の荷造り作業の疲れからか、コカの
葉を口に入れたままで眠っていた。
朝はすぐ近くにあった。トロトロと、まどろんだような気がしたーー。
近くでオウム達の群れが飛んで行く、かすかに空が朝焼けの色で染まり
始めている、荷台の下から這い出してエンジンを止めた。

朝日の中で、砂の中に犬が一匹、カバンを枕に寝ているように見える、
男が落としいったカービンを用心深く構えながら、犬に近ずいて行った。
白と黒のブチの雑種の小型犬であった。首のまわりに少々血が出ている。
目を閉じて寝ているようであった。
私は女の『タシャ-ー!』と言う絶叫をを思い出した。
カバンを取り中を見た。

銃の弾倉が3個、缶詰、地図、アルゼンチンのペソとドルの現金が入っ
たプラスチックの袋があった。カバンをかたずけると、冷たくなった犬
の死体を両手に川岸へ下りて行った。ゆっくりと水の中に横たえた。
そして、急にノドの渇きを覚え、コカをかんだ口をゆすいで冷たい水を
飲んだ、犬の首のまわりの血を洗い流し、岩の上に横たえた。
トラックに戻り、マチェーテを手に取り、野生のバナナの葉を切り取っ
た。

犬の死体をバナナの葉でくるみ、川岸の岩の上の平たな所にあるくぼみ
に入れ、そして、まわりにある石をかなりの時間をかけて積み上げた。
気がついて終った時は、石はかなりの高さになっていた。
朝日は熱帯の太陽の力を持って輝き始めている。今日の生命が躍動始め
ている、ギラギラとした太陽の下で、トラックの下のシートや、銃をか
たずけ、エンジンをスタートさせ、ラジオのスイッチを入れると、イン
デイオの歌うこの地方の聖歌が流れている。

物悲しく、ドラムとギターのリズムで、トラックの窓の下には昨日の男
と女の足跡が砂にくっきりと見える。シートの席の上のカバンと男が落
としていった銃が昨日のドラマを思いださせる。
ラジオからはーー、『母なる大地よ、天なる父よ、今日も我らに恵みを
与えたまえーー』と歌っている。私はギアをバックに入れ道に出した。
砂埃がゆっくりと舞い上がった。

 (今回の作品は、99年度、羅府新報に応募した作品からです。)

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