2012年2月5日日曜日

私の還暦過去帳(159)

だいぶ昔になります、私がアルゼンチンのサルタ州で農場支配人の仕事
をしていた時期です、かれこれ46年ほど前になります。
当時のアルゼンチンとボリビア国境は、ゲバラのゲリラ活動でかなりの
緊張がありました。私が住んで居た河岸の対岸では農場の売店が

襲われて、かなりの物資が盗まれたと聞きましたがその時、一人の農場
関係者が後ろから1発撃たれましたが命は助かりました。
そん事で田舎の余り人の行き来がない場所でしたので、用心していまし
て、銃器類もかなり揃えていました。

雨が降ると道は泥土で、馬も人間も、まして車などは走行困難でした。
降ってから2日ぐらいすると馬や人間は歩いては町まで行けましたが、
荷物などは少量しか町から持ち返る事が出来ずに、肉などは直ぐに貯蔵
して居る冷蔵庫が灯油の貧弱な冷凍機能しかなくて腐りますので、僅か
な量しか買って来れませんでした。

泊まり込みの現地人が仕事で居ますので、毎日の食事に肉は欠かせませ
んので、雨が降ると食べる肉も無くなり、山ハトを撃ちに行きました。
かなりの肉がとれ、から揚げなどは美味しい料理でした。
ある日、何も肉類が無くなり仕方なくライフルを持って山ハトを撃ちに
出掛けると、ジャングルの中でオオムが片羽根を傷めて木の枝に止まっ
ていました。

物陰から見ていると、つがいの夫婦の様で、仲良く並んで一羽が羽根を
くちばしでつくろっていました。少し垂れた羽根を癒す様にしてくちば
しで優しく押し上げているのを見ていると、人間の夫婦のような感じが
します。 しばらく見ていて騒がせない様にして、他の場所に移動して、
山ハトを食べる数を狩猟すると帰りにまた見に行きました。

今度はなにか食べ物をくわえて来ていて、仲良く食べていました。
夕方の灌漑用水の見回り時間にも見に行きましたが、集団で暮らす オ
オムとしてはめずらしく、つがいだけで仲良く寄り添って木陰の夜露が
濡れない場所でジッと動きません、山猫などに襲われないように注意し
て見ましたが安全の様で安心しました。

翌日も同じ場所でつがいが居ました。子供がゴムのパチンコでオオムを
打ち落とさない様に、当時仲良くしていた子供にキャンデーとこずかい
を渡して、見張りと子供の仲間達に注意させる様に頼みました。
パチンコで使う玉は、粘土をパチンコ玉ぐらいに丸めて影干して固い弾
になり、かなり威力が有りました。

一度粘土で弾を作る所を見ましたが、粘土を鉛筆の様に細く長くして、
それを1cmぐらいに切り取り、一度に沢山の粘土を軽く板に挟んでコ
ロコロと廻して丸めます、簡単に丸い玉が出来ましてそれを並べて陰干
ししていました。それを首から下げた袋に入れていまして、使っている
様でした。忙しいので毎日は見に行けませんでしたが、夜になると子供

が私に状況を知らせてくれましたので、その日の状態は知ることが出来
ました。 それから2日ばかりして、私が畑でトラックターで土起こし
をして居たら、子供が走って来ましたので、何事かと聞くと『オオムが
見えないので近所を捜したら、かなり離れた溜池の近くの木に仲良く止
まっていた』と話して

『直ぐに飛んで居なくなるから見に来い』と言ってくれました。
私は仕事を中止して、エンジン止め子供と連れ立って見に行きました。
溜池の柵の上で仲良く止まっていまして、水を飲んで居たようでした。
オオムの片羽根はもう垂れてはいなく、元気な様子で安心しました。

傷が治った様でこれから彼等の住家のある山まで帰ると思いました。
それからしばらくは、毎朝早い時間、エサ場に集団で飛んで行くオオム
の鳴声がすると、あの中に傷が治ったオオムが居ると思い見ていました。
朝焼けの空に、まだ大陸性の冷え込みが激しい朝の冷気に鳴声を響
かせて飛ぶ姿を今でも思い出します。

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