2012年2月1日水曜日

私の還暦過去帳(155)

早くも12月に入り、秋深しの感じとなりましたが、すっかり
冬篭りと言う感じで、葉が落ちた木にリスの巣がポツンと
剥き出しになって見えています。来春の3月までは剥き出し
になったままで風に吹かれて居る様です。

今日の話しは私が経験したヘビの話です、蛇が好きな方は
余り居ないと思いますが、私は苦手なくちで、どうも好きに
はなれません、私が子供の頃は農薬の集団散布もまだなかっ
た時代はカエルが沢山いまして、またヘビも沢山住んでいた
と思います。

それと言うのも良くザリガニを採りに行ってカエルが蛇にくわ
えられて、『ギー!』と悲鳴をあげているのを何度も見ました
が、シマヘビが多かった様でした。蓮根を植えてある池に行く
と池の中を蛇が、スイースイーと身体をくねらせて泳いでいる
のを見て、その泳ぎの早さに驚いていました。

しかし農薬の集団散布がおこなわれる様になってからは余り見
なくなりました。それと言うのもカエルが極端に少なくなった
からです、田んぼの中に沢山のカエル達がお腹を白くむき出
して沢山死んでいました。どこも一斉に散布をしますので逃げ

場が無くなった様です、オタマジャクシの子供も見られ無くな
り、それにつれてヘビが急に少なくなった感じがしました。
あれほど夏の夜長を『ゲロゲロ』と大合唱をしていたカエル達
が居なくなるとすぐに、多くの小動物も居なくなりました。

昔の農薬散布前はかなりの、マムシという毒蛇も居ましたが、そ
れも見なくなりました。子供の頃にマムシを見ると震え上がって
逃げていましたが、大きな三角の頭とずんぐりとした胴体がいか
にも凶悪な感じがして、子供でもすぐに見分けがつき皆でそろっ
て『それ!出た!』と叫んで注意して走って逃げたのを覚えてい
ます。

近所に有った屑屋さんに良く遊びに行っていましたが、そこには
田舎の農家を廻って廃品や紙屑などをリヤカーで集めて来る人が
戦後まだ沢山いた時代でした。その様な人が田舎で買ってくるマムシ
の乾燥干物を日に乾してありました。必ずマムシと分る様に頭が
付いていて鋭い毒牙も有りましたので、ぶら下げて乾してあるマムシ

を見て、気持ちが悪い感じがしていましたが、それを3本ばかり焼酎
に漬けて有る物を、マムシ酒と言って飲んでいる人がいて、それにも
子供心に恐ろしく感じていました。秋も深まり丁度今ごろでしたが、
正月前の漬物用半生干し大根を、屑屋さんがリヤカーに沢山載せ

廃品や紙くずなどの代わりに田舎から運んで来ていました。時には
干し柿を串に刺した物を沢山載せてきていましたが、もち米なども
注文しておくとすぐに配達してくれていました。のどかな田舎の風景
でしたが、子供心に夏の季節に田舎から生きたマムシを袋に入れて
持ってきて、コンロで岡ウナギと言って調理して食べていた人からは

富裕柿をあげるからと言われても、中々手を出して貰うことが出来
なかった思い出が有ります。焼酎を片手に一日仕事を終ってコンロ
の廻りでコップ酒を飲んで話していた人達が、時にはスルメを焼い
たりメザシの串刺しを火にあぶって、沢庵を切り白菜の漬物をお鉢
に山の様に盛って肴としていた、なっかしい場面を思い出します。

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