2013年5月27日月曜日

第3話、伝説の黄金物語、(82)


 ゲルマン民族協会の賛同、

その夜の晩餐会は大きな成果があった。
誰も傷つくこともなく、戦うこともなく、言葉で持って怒鳴りあう様な事もなく、
ただ記録フイルムが映し出す現実の姿が全てを理解させていた。

先ず両社長は丁重にここに誘拐するように連れて来た非礼を詫びて許し
を請い、現実の姿を見てその悲惨さを理解して、世界平和をブラジル人と
して願い、戦争を終わらせる事に協力する事をお互いに約束していた。

ドイツ人の2世はその後、社長や幹部達と膝を交えて意見を交換していた。
祖国ドイツの戦火に逃げ惑う多くの人々と, その犠牲で死んでいく多くの
国の市民、兵士達などの現実の姿が、言葉より何倍かの大きなインパク
トを持って、彼の心に突き刺さったと感じた。

全てを理解してくれ、同じブラジル人として戦争を早く終結させ、悲惨な殺
し合いと、虐殺を止め、飢餓と病気に苦しむ多くの人々に救いを与える事
を約束してくれた。

直ぐに彼が知るサンパウロ中心に活動する数人のナチ狂信者の名前を
教えてくれた。
その狂信的な僅かな人間を抑えれば、これ以上の事件は起きないと予
測され、直ぐに幹部達と富蔵が協議すると、その対応を手配していた。
その処理で富蔵はサンパウロに残り、モレーノは2世達の対応をして動
いていた。

翌朝、ドイツ人2世の全ての用事に、スミス商会からの運転手付き高級
車が手配されて、その日のうちに済ませてしまった。
サンパウロから翌日、モレーノの操縦する飛行機でドイツ人集団が住む
リオ・グランデ・ドスールまで飛び、両親達に会い、その夜にはドイツ系
幹部達の前で、持参してきた記録映画のフイルムが上映されていた。
スミス商会のドイツ語堪能な幹部が世話役として同行していた。

前日に電話連絡されていた事で、主催者の父親達が集まるゲルマン民
族協会のメンバーと関係者達が全員揃っていた。ささやかな立ち食い
パーテイ後に皆が用意された部屋に通され、映画が始まると、一転して、
誰も咳一つすることなく、静寂の中で上映の16mmフイルムが回って
いた。
当時の欧州戦線、最新情勢の詳しい細部の模様はブラジル地方の町
では何も手に入れる事は無理な状況であったので、一部がカラー撮影
の最新記録フイルムは誰もが驚きの様で見入っていた。

スターリングラードの攻防戦で冬将軍に追われて敗退するドイツ軍の
悲惨さ、壊滅的なサハラ砂漠の敗退と補給が枯渇したイタリア戦線の
惨状など、どれも現実を映し出した映像の迫力があった。
ドイツ各都市の連合軍戦略爆撃の壊滅的な破壊状況は誰でもが息を
呑む感じで、ざわめきが出る程の衝撃があった。
次々と連合軍が撮影した戦場の悲惨さ、虐殺の残忍さ、人々が飢餓と
迫害に追われて逃げ惑う様が誰の目にも瞬時に脳裏に焼き付いてし
まった。
言葉もなく、目を見開いてスクリーンを食い入る様に眺めていた。泥で
汚れた幼い少女が、アメリカ兵が手渡す戦闘非常食のレーションの包
みをむさぼる様に食べる姿と、その食べ物を弱って倒れている母親の
口に食べさせようとするスクリーンの姿に、微かな嗚咽と声をこらえた
泣き声がしていた。
最後まで誰もが声一つ、席を立つ事もなく上映が終わった。終わって
も誰も直ぐには立ち上がる事もなく、うつむいて黙りこくる者、ハンカチ
で目頭をぬぐう者、拳を握り締め天井の一点を見つめる者、全員が
ショック状態で硬直していた。

後ろの席でその様子を見ていたモレーノも無言であった。その時、盆
にコーヒーカップを並べて部屋のテーブルに置かれ、部屋の電灯が
明るく灯り、モレーノがカップにコーヒーを注ぎ始めて、それが終わる
と声を出してテーブルに戻る様に皆を促していた。皆が席に着くと、
ドイツ人2世が静かに話し出した。

『今日、私がサンパウロから急きょ帰郷したのは真実を皆に伝える事
である・・』と告げ、それから悲惨な戦争を早く終わらせる方法を考え、
実行して、祖国救済に立ち上がらなければ成らないと、厳かに皆に
言った。
ナチ政権を終わらせ、戦争を終結させる為に皆でこのブラジルで活
動を開始しようと誘った。

『現実を見て、考えて、実行しか方法がない・・』と2世のドイツ人が
声を大きくして皆に訴えると、何処からともなく拍手が湧き上がり、
先ず父親が皆を制して『わが息子の提案を理解してくれて有難う』と
言うと後は皆が興奮して、現実に自分の目で見た記録フイルムの凄
まじさを話し合っていた。
翌日、午前中にもう一度ドイツ系の集会で記録フイルムが上映され、
皆と話すことが決まり、その夜は解散となった。翌日、朝食が終わ
ると二世の家族と近所の親戚達と揃い、車でスミス商会の幹部と
モレーノも集会所に出かけて行った。

上映会の用意がされ、昨日のゲルマン協会の幹部達も来ていたが、
モレーノは用心して他のゲルマン協会の狂信的なドイツ系が問題を
起こさない様に見張っていた。
そのモレーノの用心深さが全てを救い、阻止する事が出来た。

上映会が始まる少し前に若い金髪の男二人が辺りを注意しながら
入り口から入ってきた。
ドアの陰に見張っていたモレーノがすばやく動き、スミス商会の幹
部をかばうと、棍棒で映写機を叩き壊そうとする男を拳銃の銃身
で殴り倒していた。

もう一人の男が拳銃を取り出そうとした瞬間、モレーノの拳銃が
火を噴き男は片腕を抑えて皆に取り押さえられた。
会場はしばらく騒然となり、幹部達が協議したが、会は開かれると
言うことが決まり、男達は後手に縛られて、何処かに連れ去られた。

モレーノの機転で何事もなく上映会は開かれ、そこでも大勢の
ドイツ系が記録映画の悲惨さと狂気の戦場をむさぼるように見入
っていた。ユダヤ人の女・子供達が遺体で並んだ凄惨な場面
では誰もが言葉を無くして見入っていた。

その後の講演会では誰も反対する人もなく、前日に上映会に参
加していた幹部達を取り囲むと皆が今後の対策を話し合っていた。
結論は直ぐにまとまり、ブラジルのドイツ系移民社会では戦争終
結と祖国救済にに動くと決められた。

その日の午後にランチを済ませるとモレーノが操縦する飛行機
で皆でサンパウロに帰途についた。夕方、サンパウロのサムの
飛行場に到着すると、そこの事務所に富蔵達皆で集まり、今後
の対策を決められた。
その夜は遅くまで協議され、主題として悲惨な戦争を早く終わ
らせると言う事に一致した。
ドイツ系2世がナチ狂信者の自分が知っている連絡先を全て教
えてくれたので、即刻対策が立てられ、その活動資金が祖国救
済資金とされた。後は簡単に、すべてが解決の方向に流れて行
った。
ドイツ人2世は翌日モレーノが操縦する飛行機の定期便でマッ
トグロッソに秘書と戻って行った。その帰りにモレーノが持ち帰
った活動資金にする金塊は、20kgほどもある大量の金延べ
棒であった。
その事はドイツ人二世の考えが、本心からの行動と感じられた。

その金塊はスミス商会で現金に交換され、ゲルマン民族協会
の祖国救済基金として振り込まれていた。全ての事が動き出
していた。
誰も止める事は出来ないうねりとなって動いていた。

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