2013年6月23日日曜日

第3話、伝説の黄金物語、(89)


人質の身代金、

電話の向こうで男の涙声が響いていた。
俺の負けだ・・完全な負けだ・・と繰り返して、『言い値を教えてくれ・・! 』
と聞いてきた。
富蔵はふと考えて『3人が持っていたトランクにある金額の3倍は払って
貰いたい』と答えた。そして、これは安い買い物だと付け加えた。

サンパウロからの金塊を運んできた男二人もどうするか、相手は聞いて
来た。富蔵は冷たく『死んでもらう・・』と答えた。

電話の向こうでしばらくはシーンとした時間が流れていた。
『そのサンパウロから金塊を運んできた男二人も買い戻したい・・・』と男
が聞いて来た。
富蔵が空かさず『トランクの金額の2倍は貰う・・』と即答した。

しばらく間が有って『了承した。金額が多いので指定の口座か、臨時の
受け渡しの窓口で払う』と答えて、その提案に了解を求めてきた。

富蔵はスミス商会の臨時窓口にドルか英国ポンドで3日以内に払い込
む様に命令した。
相手はその提案を受け入れ、富蔵が指定した『ブラジル日本人相互援
助協会』という名前を教えていた。

相手はサンパウロのスミス商会を再度確認すると、『間違いなくその窓
口に払い込むから、3人がリマ行きの飛行機に搭乗確認と同時に入金
と交換したい・・』と提案した。
後の二人はサンパウロに戻る汽車に乗せてくれ・・といった。

翌日の午後にスミス商会から電話があり、『ブラジル日本人相互援助
協会』の口座確認の電話があった事を連絡して来たので、直ぐに人質
交換の準備を始めていた。

ブラジルのカンポグランデから、ボリビアのサンタクルース経由でペル
ーのリマ行きの不定期便が今週出るので、それに3名を予約していた。
それと同時に夕方にサンパウロに行く急行列車の座席を2席分予約し
た。
ホテルに昏睡してベッドに倒れ込んで寝ていた男が目が覚めたが、全
てを察して何も騒ぐことはなかった。それはプロの集団が準備して襲い、
何もかも、手も足も出せない様な状態であることを感じて居たからだと
思った。
2階の部屋にはペドロとマリオが男を監視して、下のホールには配下
の男二人が見張っていた。
その日、遅くなってスミス商会から入金が完了したことを知らせて来た。

それと同時に人質の男に電話があり、生存の確認とリマ行きの飛行機
の確認をしていたが、全てが予定どうりに準備されていたので相手も
安堵している様子が伺えた。

翌日の昼に飛行場に3人を連れて行き、臨時便に搭乗させた。
その前に飛行場から家族に電話をする事を許して、相手を安心させて
たが、人質交換の約束が守られた事に相手は感謝していた。
その日の夕方にサンパウロ行きの列車に男二人を乗車させた。

男二人は命が助かった事を喜んでいたが、支店配下の男達が脅すよ
うに、二度と相手に手を貸したら今度は生かしておかないと忠告すると、
黙ってうなずいていた。

組織力と張り巡らされた情報網とビジネスのパワーの差を見せ付けら
れて、相手も心して分かったと思った。相手の男はサンパウロでビジネ
スと開く、広東系の闇金融業者で、サンフランシスコと二ューヨークで、
チャイナタウンの中華金融と密接に動いている組織であった。

今回の騒動は全て解決したが、多額の身代金を代価に取ることができ、
これで富蔵が軍資金として、日本人達の資金源として活用できると感じ
ていた。
最終的に富蔵達が手にした資金は1945年時代の金額としては巨額
な金額で、すぐに邦人援助資金と貸付資金として活用された。
マットグロッソ近くの支店で働いて居る、パブロに連絡を入れ全ての跡
かたずけを頼むと、サンパウロに戻って行った。

サンパウロでは周辺の都市や、移住地などに対して日本映画の上映
会と称して、終戦でアメリカが押収した映画のフイルムなどを、スミス商
会の手配で手に入れる事が出来、それを使って宣伝活動を始めてい
た。
アメリカ軍の記録フイルムも混ぜて、日本の現状も二ュースとして映画
の前に日本人観客に見せることで啓蒙と現実を理解させていた。

これは一番効果がある宣伝活動であった。多くの娯楽に飢えた日本人
社会に映画と言う目で、現実を見せる事は、百の話をするよりも、1本
の映画フイルムの効果は計り知れない深さがあった。

さりげない無料日本映画上映会は何処の移住地でも、日本人達が集
団で住んでいる所であれば、大歓迎を受けていた。

4ヶ月も映画を巡回活動で上映すると、多くの日系社会と移住地の日
本人の意識が大きく変化するのが分かった。日本人移住地などの農
業組合などにも富蔵達が集めた資金が低利で融資され、戦時中は集
会禁止などの活動が規制されていた日本人社会が大きく動き出して
いた。
サンパウロ市場近くの自宅事務所には、個々の農家に対する融資も
低利で作付け資金を出していた。これも大きな活動資金となり、銀行
融資が無理な零細農家には近郊農業として伸びていく原動力にもな
っていた。
しばらく平穏な時が過ぎて、戦後の混乱から落ち着いて来た日系人社
会も大きく動き出していた時であったが、スミス商会の保安幹部から連
絡が入り、そろそろ事件から一年となる時に、前回の事件を起こした
犯行グループからの依頼で、サンパウロ中華黒竜社会の誰かが前回
の事件の復讐に動き出した事を掴んで来た。

それはスミス商会が張り巡らしている情報網に、中国人の広東系中
華金融組織に仕掛けられていた盗聴からの情報であった。スミス商
会には過去に香港とマカオに長く滞在して、広東語も北京語も話せる
配下の社員が居たから、その復讐での襲撃計画を掴んだと感じた。

その刺客は竜と言うあだなの危険な男であった。すでにサンパウロの
中国人、広東系中華金融組織に対して被害を与え、夜逃げして借金
を踏み倒した人間がその男に消されていた。

富蔵達の中からマリオが選ばれ、その男を監視して動きを見張って
いた。ある日の朝、マリオとスミス商会から同時に電話があり、その男
が動き出した事を報告してきた。
富蔵は家族を連れて飛行場の施設に移動して、自宅にはパブロと配
下の男二人が留守番で残り、事務所などを監視していた。
男が車で市場に向かうと確認され、皆が行動開始した。

パブロが『飛んで火に入る夏の虫』とかつぶやいていた。

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